2014年7月

NHK「ラジオ深夜便」6月2日の萩尾先生の回をテキスト化しました

2014年6月2日の深夜、萩尾望都先生がNHKラジオ第1で放送された「ラジオ深夜便」に出演されました。そのときのお話をテキスト化しましたので、アップします。テキスト化については、白峰彩子さん@mtblanc_a )にご協力いただきました。ありがとうございました。

アンカーの迎康子さんという方は昭和25年生まれ。つまり萩尾先生とほとんど同年代。詳しいわけです。
※ラジオ深夜便では「アンカー」という言葉を使っています→用語解説



6月3日火曜日。時刻は4時5分をすぎました。NHKラジオ深夜便今夜は遠藤ふき子がお伝えしています。
この4時台は「明日への言葉」です。今日は漫画家の萩尾望都さんに「創作の泉は尽きることなく」というテーマでお話しいただきます。萩尾望都さんは昭和24年、福岡県大牟田市で生れました。昭和44年「ルルとミミ」でデビューし、以来文学性が高い作品で少女マンガの世界の広げ、多くの読者の心をとらえてきました。代表作には「ポーの一族」「トーマの心臓」「11人いる!」「イグアナの娘」などの作品があります。平成24年には紫綬褒章を受賞しました。「少女マンガ界の偉大なる母」「少女マンガ界の至宝」とも言われています。
デビューから45年たった現在も連載をかかえ、精力的に創作活動を続けていらっしゃいます。

聞き手は迎康子アンカーです。


【迎】萩尾さん、どうぞよろしくお願いいたします。
【萩】よろしくお願いいたします。
【迎】ようこそお越しくださいました。
【萩】はい、ありがとう、はい、どうも。
【迎】金のネックレスがきらめいていらっしゃいますね。
【萩】あ、どうも、なんか。
【迎】お仕事の時はでもリラックスした...?
【萩】ほとんど、はい、もう寝間着みたいなものを着て、ああ、やっております
【迎】そして萩尾さんはデビューから45年ということで、どうでしょう、これまでを振り返って早かったかなというお気持ちですか?
【萩】いや描いている時は長いなと思ったんだけれど、振り返ると不思議なことにあっという間ですね。やっばり。はい。でも仕事を続けられてよかったなと本当につくづく思っています。はい。

王妃マルゴ 1巻【迎】いま連載していらっしゃる作品のひとつは「王妃マルゴ」。
【萩】あ、はい、カトリーヌ・ド・メディシスの娘で、ちょうど16世紀のフランスが宗教の内戦に入っていた頃のお姫様なんですね。ちょっとおもしろい背景を持っているので、これを題材にマンガを描いています。
【迎】ですから、カトリックとプロテスタントの対立が激しい...。
【萩】そうですね。
【迎】そのフランスの当時...。
【萩】そう、はい。
【迎】で、このお母さんであるカトリーヌ・ド・メディシス、メディチ家からお嫁入りしてきたという。
【萩】ええ、はい。とてもおもしろいこのお母さんがキャラクターで、はい。イタリアの文化をフランスに伝えたりとか、それからご主人、王様が亡くなった後、女手ひとつで若い息子を支えて国を切り回したりとか、嫌われたり賞賛されたりとか、いろいろあるおもしろい方なんですけど、この方の本はけっこうたくさん出ているんです。やはり歴史上は重要人物なので。でもその娘のマルゴに関しては、あまり本がなくて、しかも歴史書というとけっこう男性が書かれるので、あの、なんか女の勘所みたいなものが、なかなか厚みが足りないというか。はい。それでちょっとその歴史書を読んでいるうちになんか自分なりのマルゴのイメージがだんだん湧いてきて、それで描いてみようかなと思ったんですね。
【迎】もともとそういった歴史には関心がおありだったんですか?
【萩】何かかにか好きは好きですね。で、この時代は聖バルテルミーの虐殺というカトリックとプロテスタントが争った大虐殺のエピソードが一番有名なんですけれど、やはり私もそれにすごく惹かれまして、なんでこんなことが起こったんだろうと資料をこう、だんだん調べているうちにあの背景となるキャラクター、いろんな、それこそカトリーヌ・ド・メディシスとか、それからエリザベス女王も、海の向こうのイングランドにいるんですけど、関わりますし、それからスコットランドのメアリ女王もちょっとからんでるしで、非常に人物像がたくさんあっておもしろかったんですね。
【迎】ですから同じ時代にそれこそ女性たちがいろいろな意味で活躍していたんですね。
【萩】おもしろいですね。はい。
【迎】でも萩尾さんがそういった歴史をマンガとして、しかも長編で取り上げるというのは、初めてのことだそうですね。
【萩】あ、長編は初めてですね。もうなんか苦労してます。もうどうしようという感じで。はい。
【迎】でも、かなりもう長く連載が進んでいて。
【萩】はい、だいたい3年目なんですけれども。はい。あと3年ぐらいでなんとか収まりたい。
【迎】その最初にたとえばこのくらいの期間かなというのはある程度、こう、目途というのは立てられるものなんですか?
【萩】んー、このマルゴに関してはだいたい単行本でいくと4、5冊かなという感じで始めたんですけど、まだ結婚もしていないので、単行本2冊になって、まだパルテルミーにたどりつかないので、はい、さあどうなんでしょうという感じです。
【迎】ええ。
【萩】がんばります。
【迎】それこそ、そのマルゴの母親である、このカトリーヌ・ド・メディシスも大活躍というようなことで。
【萩】そうですね。
【迎】その海の向こうのエリザベス1世であるとかメアリー・スチュワートであるとか。
【萩】いろいろ、こう、たどっていくとその頃のヨーロッパというのは何かかにかと親戚関係で、それもまたおもしろいんですね。その親戚関係になるのは結局、娘を差し出して戦争を終わらせるというところがあったんですけれど、それでその他の国とのバランスもそれでうまくとっていたところがあって、そこら辺もおもしろいです。
【迎】ただ、その実際にマンガで表現するとなると、たとえば服装があったり、その調度品はどうだったのかとか、いろいろなことに目くばりをしなければいけないから大変ですよね。
【萩】いや、そうなんですよね。もう、本当にさりげない話が......。寝るとき靴下をはいたんだろうかとか。あと、本格的にトイレというものがまだないんですよね。ちょっと、簡易トイレみたいなのがあるんですけれど。お着替えをどうしていたんだろうかとかね。そういった基本的でわかりそうで、わかんないところが、わからない。みんな知っていそうなことが、ちょっとわからない。
【迎】多分公式的な記録というのには、多分そういうのは出てこないでしょうから、そのプライベートの部分のところが、なかなかむずかしいかもしれませんね。
【萩】そうですね。いろんなエピソードはあるんですけど、そのエピソードをじーっと見ながら、窓からバケツを投げ捨てたとか。うーん、これは何のことを何のことを言っているんだろうかとかね。
【迎】まだまだでは歴史との格闘が続くということですね。
【萩】はい、行間を読みながらちょっとがんばっております。

スタジオライフ トーマの心臓 2014【迎】この展開もまた私たち楽しみにいたしておりますので。そして今、萩尾さんの代表作のひとつである「トーマの心臓」が舞台になってちょうど公演中ですね。
【萩】あ、そうなんです。スタジオライフという劇団が、今、新宿の劇場で公演しています。長くお世話になっております。
【迎】スタジオライフといいますと、男性だけの俳優のみなさんが。
【萩】そうですね、はい。
【迎】しかもいわゆるイケメンぞろいという。
【萩】はい、みなさんかっこいいです。はい。
【迎】何度も何度も萩尾さんのこの「トーマの心臓」だけではなく、他の萩尾さんの作品も舞台化していらして。
【萩】そうですね。なんか演出家の倉田さんが最初に「トーマの心臓」をマンガ作品としてはスタジオライフではじめて演出していただいて、それから何かあの、彼女は本当は文学少女で、マンガはほとんど読んだことがなかったらしいですけど、それからだんだんいろんなマンガにはまってっていうんですか、本当にいろんなマンガをスタジオライフの舞台に乗っけているようです。
【迎】この萩尾さんの「トーマの心臓」は映画でも金子修介さんが映画化していらっしゃる。
【萩】はい、かなり違うものになっておりましたが、金子さんが、はい、つくられました。

トーマの心臓【迎】この「トーマの心臓」というのはドイツの全寮制の男子校、まあ、中学校と高校が一緒になったような。
【萩】そうですね。
【迎】はい、学校が舞台になっていてとにかく、こう、少年の微妙な心というんでしょうか。
【萩】思春期のなんか、こう、いろいろ、わやわやとしたものを描いております。
【迎】もともと萩尾さんが「トーマの心臓」をお描きになったのは40年も前ですか。〔注:発表は1974年〕
【萩】いや、昔ですね。本当にね。
【迎】その頃はどういうお気持ちで、この「トーマの心臓」をお描きになったんでしょうか。
【萩】これ、ドイツが舞台なんですけど、私、ヘルマン・ヘッセが大好きで、ヘルマン・ヘッセっていうのはもうちょっと本当に古い人なんですけど、その人の書いている世界観みたいなものが本当に好きで、なんかなんとなく「トーマの心臓」を描く時に舞台はドイツだし、時代、違うんですけど、ヘッセ風に、という感じで。イメージとして、気持のイメージとしてはそんな感じで描きました。
【迎】何か、こう、まっすぐな少年の心と言いますか。
【萩】いや、まっすぐになりたいと思うけれど、なれないというか。わちゃわちゃとしてしまうという。当時それから「哀しみの天使」という映画が上映されていたんですね。これはフランスの映画で、ディディエ・オードパンという少年が主人公で、パリの寄宿舎の話で、そういったほのかな初恋の物語。これにやっぱり非常に影響されまして。ああ、なんか学校を舞台にしたお話を描きたいなと。あの、学校とか、それからちょっと極端ですけれど刑務所とか、なんかこう集団で過ごす場所、一種閉鎖空間というんですか、はい、なんかその中ではいろんな関係性がどうしても濃密になっていくから、おもしろいなと思って、それでそういう題材になってしまいました。
【迎】でも、自分を追及するというんでしょうかね、自分はいったいなんなのかと、なぜ生まれてきたのか。ええ、やっぱり傷つきやすいところもあったり。
【萩】まあ、そうですね。
【迎】ただ、あれだけ長く連載した「トーマの心臓」がかなりコンパクトな舞台になっていて、実に見事に。
【萩】そうですね。倉田さんが本当にきちんとまとめてくださって、なんか最初に脚本におこした時には4時間以上になって、あれをカットして、これをカットしてとかいって大変だったと伺いました。なんかすごく熱心につくっていただきました。
【迎】そして演じている俳優のみなさんも萩尾さんのマンガの中で、たとえばどういうポーズをとっているのかとか、どういう表情なのかとか。
【萩】心理をさぐるのに、とにかく倉田さんから「マンガを読むように」って言われて、それで読んでいるとやっぱり絵が目に入ってくるものですから、それでみなさん思わずマンガから抜け出たような。なんかデジャブという感じで舞台に絵が広がっていきます。
【迎】私も先日拝見しましたが、10代と思われる若い女性からそれこそ私と同じくらいの人まで。で、だいたい女性で。ま、男性がチラホラといた雰囲気で。ですからおそらく後から萩尾さんのマンガで「トーマの心臓」を読むという方も、若い女性たちの中にはいらっしゃるのかな、と思ったんですね。
【萩】あ、ありがたいことですね。はい。ぜひ読んでください。
【迎】ですから、それこそそういうふうにして読み継がれていく、伝えられていくという世界があるんだな、と。
【萩】はい、読み継がれていっていただけると、もう作者冥利に尽きますね。
【迎】と言う「トーマの心臓」ですけれども、萩尾さんご自身は小さいころはどんなお嬢さんだったんでしょうか。
【萩】うーん、どんなでしょう?...だったんでしょうね。いや、まあ、やはり絵を描くのが非常に好きで、絶えず紙をもらっては絵を描いていた、絵やそれからマンガ。はい。えんぴつ描きですけれども。子供のころ誰でもお絵描きとかいたずら描きとかするから、その延長なんですけど、私の場合はそれがえんえん続いて漫画家になってしまったという感じです。
【迎】はい、ただ。だいたい私も同じような年代なんですけれども、なかなかマンガを買うおこずかいは親はくれなくて。友達から貸してもらったりとか。
【萩】ええ、そうですね。はい。私もそうで、学級文庫じゃないんだけど、学級の文庫の中に何冊かやっぱりみんなが家から持ってきた古いマンガがあったりするんです。それから近所のお家に読ませてもらいに行ったりとか、床屋さんにあったりとか、何かかにかそんなふうにして当時のマンガを読んでいました。
【迎】やはり萩尾さんも家ではあまりマンガは読んじゃいけないというようなことはあったんでしょうか?
【萩】あの、親が許可したらいい、と。
【迎】基本はダメと?(笑)
【萩】だからすごくいい子にして、学校の成績良くして、お手伝いして......「お母さんこの本読んでいい?」とか言って友達から借りてきたものを読ませてもらうんです。ダメな場合には公園かなんかに行ってこっそり読んで(笑)。
【迎】(笑)。なんでしょうね。何か、こうマンガはあまり...。
【萩】そうです。
【迎】大人にはよく思われてなかったですね。
【萩】あ、ま、完全にそうですね。手塚先生自体が新しい文化を切り拓かれた、マンガの新しい文化を切り拓かれた人だから。本当にマンガ読まないで育った世代の人には、マンガはつまらないものという考え方が本当に固定化されていて、「そんなつまらないものをいつまでも読んでいる」というところからぜんぜん発想が抜けないみたいですね。で、コマっていうのはひとつずつ読んでいくんですけれども、読むのにもちょっとスキルがいって、この読むというがなかなかやっぱり慣れていないと大変。
【迎】そうしますと、萩尾さんが漫画家になって、でもご両親は漫画家という職業についてはどういうようなイメージを抱いていらしたのでしょうか。
【萩】なんか単に私がなりたがっているだけで、一応許可したけれど、1年か2年でやめて帰ってくるだろうと思っていたみたいですね。それで、ですから、当時は女の人は結婚して仕事をやめて家に入らなければという概念が非常に強かった時代なので、会う度に、漫画家になってからも会う度に「早く結婚しなさい」「いつ仕事やめるの」とかね。仕事というのが仕事という概念は親にはないんですね。たしか。絵の塾みたいなものをやっていると思っている。はい。
【迎】じゃ、実際にあまり手にとってご両親は萩尾さんのマンガをお読みになるっていうことは?
【萩】なんか時々は読んでたらしいですけど、理解していただいたのかどうかよくわからないです。はい。
【迎】でも、紫綬褒章ということで、きっと大変なことをなさったとご両親も思われたんじゃないでしょうか?
【萩】なんかね、それと作品をどう捉えるかというのは、どうも分離しているらしくって、なんかつながらないみたいですね。
【迎】ああ、じゃあ、賞をとったということは、きっと大変なことで。
【萩】きっと喜んでくださっているんですけど。
【迎】お喜びになるけれど、それとその萩尾さんの作品世界とは結びついてない。
【萩】それはちょっと。はい。母がなんていうのか、私がお絵描き教室ではなく仕事をしているんだとわかったと言いだしたのはNHKでやっていた「ゲゲゲの女房」、あれを見ていてわかったらしいんです。
【迎】あ、水木しげるさんがあの朝のドラマのモデルですから。
【萩】そう。モデルで、それでずーっと仕事をしているのを見ていて。で「お母さんは知らんかったたい」って電話で言ってきたんです。「え、なに?」なんて言ってたら「水木さんがね、一生懸命、仕事、マンガ描きおったたい」「なんかいろいろ悩みおったたい」って。
【迎】(笑)
【萩】私もそうなんですけどって。なんかそこら辺ぜんぜんつながっていなかったみたい。
【迎】だからマンガを描くということは仕事というイメージにはなっていないということですね。
【萩】なってない。本当に何かつまらないものを勝手にやっているという感じだったんですね。
【迎】でもきっと今は、いろんな理解がお母様にもおありなのではないかと思いますが。
【萩】とりあえず、あの、「ゲゲゲの女房」くらいのところまでは理解していただいている。はい。
【迎】そして萩尾さんの作品といいますと、本当にいろいろな要素があって、SFであったりファンタジーであったり。ただ、舞台はそれこそ海外、日本以外のところを舞台にした作品というのが。
【萩】大半がそうですね。
【迎】それは何か理由があるんですか?
【萩】ひとつにはちょうど子供時代にアメリカ文化の影響を非常に受けたんですね。主にテレビドラマと時々やってくるディズニーの映画ですけれど。それで非常にアメリカ文化の世界というのがおもしろくて。台所に巨大な冷蔵庫があったり。そちらへの好奇心から海外を舞台にした作品がやっぱり多くなってしまいました。ま、SFが好きだったり、ヘッセが好きだったりとか、そういうのもあるんですけれども。あと、日本を舞台にしてものを考えようとすると、どうしても家族関係について、マンガの中に描かなきゃいけない。で、家族関係というと、どうしても自分の家族関係がモデルなってしまいますから、ちょっとそれを描くのがつらくて。で、ちょっとなるべく日本から逃げていました。

11人いる!【迎】あの「11人いる!」という作品があって、それはそれこそ宇宙でテストを受けるという。もう宇宙が舞台という。
【萩】そうですね。宇宙船の中で大学入試のテストを受けるという、そういうお話ですね。10人集まって1チームのはずなんだけど、フタを開けてみたらひとり多くて11人いる。誰かひとり受験生じゃないのが混ざっている、誰だ?......となんかそういう話です。
【迎】だからそれぞれが疑心暗鬼になって、いったい本物の受験生でないのは誰だ?というような。でもその参加している受験生がさまざまな星から来ているので、もういろんな皮膚を持っていたり、ちょっと顔かたちも違っていたりという。あの発想もまたびっくりなんですけれども。
【萩】ありがとうございます。でも地球人は、というとあれですけれど。まあSFの世界は結構本当に宇宙人にあこがれていて、ウェルズとかヴェルヌの時代から「月世界旅行」とか「火星探検」〔注:ブラッドベリの「火星年代記」のことか?ウェルズの「宇宙戦争」のことか?〕とかいろんなSFの古典があるんですね。そこにはやっぱり不思議な月世界人とかね、タコのような火星人とかね、いろいろ出てきますから。本当にひとりひとりこういう宇宙人がいたらっていうキャラクターを考えるのがとてもおもしろかったです。
【迎】それはもう別に、考えるといろいろな発想で出てくるんですか?
【萩】あ、そうですね。はい。
【迎】そしてまた子供のころは男性でもなく女性でもなく。で、ある程度の年齢になった時に選択して、男性になるか女性になるか道が決まるという設定の受験生もいましたね。
【萩】そうですね。未分化の。何か生物学で性が変換していく魚とかカタツムリとか、そういうのがあったので、その時は「ああ、おもしろいな」ぐらいな感じで、そういった生物学の本を読んでいたんです。けれど、実際にSFの世界にはちょこちょこそういう発想が入り込んでいて、特に文化的に、人種と文化を一緒にしてアーシュラ・K・ル=グウィンという人が「闇の左手」という物語を書いたんですね。で、この星に住んでいる人がやはり成長期に性転換をする。普段はなんかどちらでもない状態で。これを読んだ時に「これはおもしろいな」と思って。で、それに影響されまして。はい。ずっと未分化のままきてある一定の、思春期になったら男か女に性を選択するというキャラクターを作ったんですけど、そのキャラクターを考えている時はものすごくおもしろくって。というのは、女の子は小さい時から女の子らしくしなさいって、一種、ワクに収められてしまうんですよね。で、自分の個性として、ほかにいろんなものがあるにしても女の子はそんなことはしません、木登りとかね、大声で騒いだりしません、廊下は走りませんって感じで。おてんばっていうのでひとくくりにされたりして、なんか非常に不自由を感じていながら「いや、私は女の子なんだからそうしなきゃいけないんだ」と自分で自分を抑圧していたところがずいぶんあるんですけれど。「11人いる!!」に出てくるフロルはまだ男でも女でもないんだから何をやっても「女の子だから」って言われないですむ。「いいな」と自分であこがれながら描きました。
【迎】ですからいろいろお読みになった本であるとか、たとえば萩尾さんの子供時代だとか、様々なものがそういうひとつの作品の中で生かされている。
【萩】そうですね。

イグアナの娘【迎】そして、テレビドラマにもなった「イグアナの娘」。これは、一応舞台は日本のごく普通の家庭。
【萩】そうですね。
【迎】なんですけれども。母親との関係で、どうしても自分の娘がイグアナに見えてしまうという。
【萩】そう、お母さんがね、子供を産んでみたらイグアナだったと。おっきなトカゲですよね。そのお母さんは娘がどうしてもどうしても愛せないんですね。ま、そういうお話で、テレビのドラマにもしていただきました。菅野美穂ちゃんがね。
【迎】そうですね。菅野美穂さんがそのお嬢さん、イグアナに見えてしまうというお嬢さんの役で、お母様の役は川島なお美さんが。
【萩】そうですね、
【迎】多分テレビでご覧になった方もたくさんいらっしゃるかと思うんですが、これは何か不思議な発想のマンガだなと思って。
【萩】いや、いえ、そうですね。ちょっと両親との間にずいぶん私は葛藤があったので、何とか理解してもらいたいと思って、いろんな話もしますし、したし、説明もしたんですけれども、あの、どうしてもすれちがってしまう。だもんでその時期は心理学書なんかたくさん読んだりして「どう言えばいいんだろう」「どう言えば伝わるんだろう」とちょっと考えていたんですけれど、そのうちに「こんなに言っていることが理解してもらえないということは私はもしかしたら人間じゃのないかもしれない」。で、ふとその当時見ていたテレビでガラパゴスのイグアナの特集をやっていたんですね。で、イグアナっていうのはおもしろいことに人間の胎児に似ているんです。まあ、トカゲ類は尾っぽがあって、口が横に広くて、目が顔の左右についていて。そのガラパゴスのイグアナが海を見てね、なんかこう「あー、本当は人間に生まれたかったな」と言ってるように、ちょっと思えちゃったんです。単なる想像ですけど。それで「そうか、人間じゃなくて私、イグアナかもしれない。それで親に理解してもらえないんじゃないかしら。」と思ったら、その「イグアナの娘」のアイデアが出てきて、ちょっと思いついたらおもしろかったので描いてしまいました。
【迎】やっぱり母親というのは、何かこうあって欲しい自分の娘に対するイメージみたいなものもあるし。
【萩】そうですね。決してその何ていうのかな、これが娘の幸福だというものを信じていて、だから幸福になって欲しいからいろいろ言うんですよね。だけど娘から見ると大迷惑。申し訳ないけど、それはちょっと、それねえ二十歳くらいまででちょっといい加減おさめてくれる?という感じで。もう見守る時期にして欲しいという。だから「お前のために言っている」というのもわかるけれど、逆にそれが強いと支配しているということになってしまいますし、なかなかちょっと、両方で相容れなくてつらいものがありますね。
【迎】でも家族ということは、どうしたってそこを切り離す訳にもいかないというところが、なかなか難しいですよね。
【萩】そうですね。他人だったらつきあわないような人でも、家族だったらつきあわないといけないですもんね。
【迎】そうですか。ですからやはり萩尾さんの様々な、不思議なといいますか、大胆の極みのような作品もいろいろなところに、こう、いろんなヒントが散りばめられているんですね。
【萩】はい。
【迎】でも、別にそれは考えていることがあってパッと作品になるのか? こういうテーマはどうかと思うところにいろいろこれまでの、たとえば蓄積しているものが結びつくのか?
【萩】多分、両方なんじゃないかと思うんです。思ってもみなかったところから降ってくる場合もあるし、なんか気になることがあって、ちょっとこれはいつか形にしたいなと思いながら、いろんなピースを寄せ集めているうちに「あ、できた」とある時、何か最後のひとつが結びついてできあがったり。それは本当にいろいろですね。何かその、現実の世界にちゃんと生きているつもりでいるんですけれど、何かそれ以外にもこの現実以外にもいろいろあるんじゃないか、私たちが知らされている、毎日接している世界のほかにも何かあるんじゃないか。それは幻想のことでもいいし、もしくは歴史上の隠された秘密でもいいし。何だかついついそういうことを考えてしまうんですね。それというのはつまり現実が生きづらいんですね。きっと、私は。ちょっとそちらのサイドを考えている方が過ごしやすいんじゃないかなと思います。ついつい考えてしまう。
【迎】今、目の前にある現実のほかに、もしかしたら普段見られない別の真実と言いますか、現実があるかもしれない。でもそういうふうにして暖めていて、かなり時間が経ってからひとつの作品になって、形になるという場合もあるんでしょうか。
【萩】そうですね。それはあります。もちろん構築されないまま、なんか沈んじゃうのもあるし、どっかに逃げてしまうのもあるし、それは本当にいろいろです。
【迎】たとえば、お描きになっていて内容が変わってきたりとか、思いがけない展開になるということもあるんですか?
【萩】あ、ありますね。なんかだいたいマンガはキャラクターなんですけど、キャラクターと対話をしながら作っていくんです。だから自分がキャラクターに身近であればあるほどキャラクターがいろんなことをしゃべってくれる。そうするとキャラクターっていうのは自分の内面心理の現れですから、自分が本当はもうちょっとカッコつけていきたいなと思っていたり、ここらへんは見たくないと思っていたものをキャラクターが言いだしてくれたりするんですね。「本当はこうなんでしょ?」と。「げげ。なんで知っているの?」「ちょっと隠してこっそり生きてきたのに」。でも、それはそれでまたちょっとおもしろい。

王妃マルゴ 2巻【迎】そうしますと、たとえば今、連載していらっしゃる「王妃マルゴ」があって、マルゴならマルゴの絵を描いている時、話しかけたり。
【萩】あ、それかもしくはストーリーの構想をしている時にマルゴのキャラクターのシーンを考えていると、いろんなことを言いだす。はい。そこにはカトリーヌ・ド・メディシスがいて、お兄さんのシャルル国王がいて、それから王位をねらっている弟がいて、という感じで。みんな勝手なことをしゃべっています。
【迎】だから、それはちゃんとひとつの人格となってもう動いている。
【萩】そうですね。キャラクターがわからないと表情が描けないので。
【迎】今お描きになる時間というのは1日の中のどういう時間をお使いなんですか?
【萩】だいたいお昼すぎから明け方までです。
【迎】だから夜更かしをなさって仕事を。
【萩】そうですね。
【迎】で、何枚描かなければとなったら、その何枚きっちり仕上げるまではなさると?
【萩】いや、このごろ本当に筋力が衰えて、いや今なんかパワースーツとかリハビリ用にいろんなスーツが考案されていますけど、本当にああいうのが早く大量生産されないかなと。ハイブリッド腕とかハイブリッド肩掛けとかハイブリッド手袋とか。
【迎】あの線の、描かれている1本1本が本当に線が細やかで、ですから手作業としても実に厳しいものなんですね。
【萩】歳を...歳は本当に、歳をとると筋力が...この話ばっかり(笑)...衰えますから、本当に線1本を出すのが大変になってくる。だから若いころは、本当に今思うとぜいたくに線を出してたな、と。自由自在だったから。今はこういうイメージの線を出したいというと、なんかもう必死で息をつめて描かないと出ないという。よれるという。
【迎】じゃあ、スッと引けたら爽快ですね。
【萩】もう爽快ですね。はい。みなさん、仕事は若いうちにやりましょう。体力のあるうちに。
【迎】でもアイデアはもう次々とそんなふうにして。
【萩】あ、アイデアはあまり変わりなく出てきます。
【迎】で、しかも、たとえば「王妃マルゴ」を描きながらいろいろまだ暖めている世界がいくつもあり。
【萩】あ、ちょっと卵のように暖めて。はい。
【迎】素晴らしいですね。
【萩】いえね、創作は業だと言いますけれども、多分何かあるんでしょうね。
【迎】あくなき追求ですね。
【萩】はい、そうですね。
【迎】でも、それこそ今はマンガが日本の文化、アニメも含めてですけれども、日本の文化としてたとえばひとつのミュージアムであるとか記念館であるとか、そういう時代になってきたなという気もするんですけれども。
【萩】そうですね。本当に1990年代の後半から流れがそうんなふうになってきて、なんかポジションが本当に変わりました。本当にびっくりしました。海外でもいろんなマンガのフェスティバルを、あちらでもこちらでもやっているようですし。本当に日本のマンガが世界中に愛されて、本当にうれしいかぎりです。
【迎】実際にそういった世界のフェスティバルにいらしたりという機会はおありなんですか?
【萩】パリとアメリカのサンディエゴのフェスティバルに行ったことがあるんですけれども。
【迎】どんな様子でした?
【萩】まず、むこうの人に聞くと、日本のアニメーションを見ていって、マンガにハマった。だからそれこそ「うる星やつら」とかいろんなそういったアニメーションで。「じゃあサザエさんは?」と言ったらそれはあんまりコアらしくて、なくて、むしろ青春冒険物ですか。でも、それでマンガを読むようになって、最初は逆版で読んでいたの、あの横文字は、フランス語もドイツ語も。
【迎】ギャクハン?
【萩】はい。つまりページの開きが逆ですから。本は。ところが最近では日本のマンガっていうと逆開き(アキ)じゃなくても普通の日本のマンガのように。
【迎】だからページを開ける時、私たちは左から右へめくっていくのが、海外の方は逆に。
【萩】英語の教科書みたいに読んでいたんですけれど、今では国語の教科書のように、そのまま読んでくださっている。それくらい浸透しているし、駅のキオスクとかコンビニで売っているんです。マンガが。翻訳されたものが。スゴイなと思います。
【迎】萩尾さんのマンガを読んでいらっしゃるヨーロッパの人やアメリカの人は?
【萩】いや、そこはまだちょっとまだ知らない。
【迎】あ、そうなんですか。
【萩】これから多分やってくれるといいなと。基本アニメーションになった冒険物が主流なので。「キャンディ♥キャンディ」なんかもすごい評判で、喜ばれたみたいですね。
【迎】あのストーリーがやはり素晴らしいというふうにおっしゃるヨーロッパの人が多いですね。
【萩】ああ、はい。時々伺います。で、日本のそういったマンガ文化というのは戦後始まって、今ちょうど世界に抜きんでているので、私の考えではがんばって今のうちに売ろうと。それがいいんじゃないかなと思います。貿易の面でもそれでずいぶん黒字になるんじゃないでしょうか(笑)。
【迎】だから日本のマンガを通した文化の研究をしたいという人も、ヨーロッパでもずいぶんいらっしゃるようだし。
【萩】そうですね。カルチャーとしても十分に研究のしごたえのある文化じゃないかなと思います。おもしろいです。
【迎】だから私たちがマンガを読むのに苦労した時代とずいぶん変わってきましたね。
【萩】あ、それは読むのをやめなさいと言われて苦労した時代ってことですね。はい。そうですね、本当にお墨付きをもらえるとこんなに違うのか、と。
【迎】でも、次々と発想はまだまだ浮かんでということですから、まだ次なる作品を拝見するのも私たち心待ちにしておりますので。
【萩】ありがとうございます。体力が許すかぎり。
【迎】今日はありがとうございました。
【萩】ありがとうございました。

2014.07.28 0:30 | インタビュー・対談

『小説新潮』2014年8月号に萩尾先生のしゃばけ漫画「うそうそ」が掲載されます。

小説新潮2014年8月号2014年7月22日発売の『小説新潮』2014年8月号に萩尾先生のしゃばけ漫画「うそうそ」(32p)が掲載されるそうです。

うそうそ新潮社 しゃばけ倶楽部『小説新潮』

「しゃばけ漫画」は畠中恵さんの小説の「しゃばけ」シリーズを漫画化したもので、これまでたくさんの漫画家さんが執筆してきました。原作そのままを漫画化した作品あり、原作のある作品のイメージをベースにしたオリジナル作品もあります。

萩尾先生は2011年11月に発売された畠中恵さんの「ころころろ」(新潮文庫)の巻末で畠中さんと対談されました。畠中恵さんはこの「しゃばけ」シリーズで日本ファンタジーノベル大賞を受賞され、萩尾先生はこの賞の審査員をされていました。そういったご縁での漫画化と思われます。

「しゃばけ漫画」一覧
1上野顕太郎「狐者異(こわい)」2013年9月号
2雲田はるこ「ほうほうのてい」2013年10月号
3えすとえむ「月に妖(あやかし)」2013年11月号
4安田弘之「しゃばけ異聞 のっぺら嬢」2013年12月号
5鈴木志保「ドリフのゆうれい」2014年1月号
6つばな「動く影」2014年2月号
7吉川景都「星のこんぺいとう」2014年3月号
8村上たかし「あやかし帳」2014年4月号
9紗久楽さわ「きみめぐり」2014年5月号
10岩岡ヒサエ「はるがいくよ」2014年6月号
11みもり「仁吉の思い人」2014年7月号
12萩尾望都「うそうそ」2014年8月号

2014.07.19 21:42 | 雑誌掲載情報

『YOU』2014年8月号から「王妃マルゴ」の第三部がスタートしました

YOU 2014年8月号『YOU』2014年8月号から「王妃マルゴ」第3部がスタートしました。美しく成長したマルゴ。たくさんの男性の目を虜にしていますが、彼女の心はアンリ・ド・ギーズのもの。一方、兄のシャルルとアンリはマルゴに対して兄妹以上の感情を抱き‥。

表紙及び巻頭カラー40ページです。なんと豪華なイラストの表紙でしょう。素晴らしい。

王妃マルゴ

2014.07.15 23:57 | 雑誌掲載情報

萩尾望都×吾妻ひでおトークイベント・レポート

トークショーチケット「愛するあなた 恋するわたし―萩尾望都対談集2000年代編」』刊行記念
萩尾望都 トークイベント ゲスト:吾妻ひでお
日時:2014年5月31日(土)18:00~20:00 開場 17:00~
会場:青山ブックセンター本店



●二人の出会いと好きな作品
司会:お二人の初対面はいつなんでしょうか?

萩尾:私が覚えているのは、西武線沿線の飲み屋で飲んでいたときにお会いしたような。その前に会っていたのだとは思うのですが、〔この時〕インパクトが強かったのは覚えています。

吾妻:萩尾さんガンガン飲んでました。第1回の漫画大会で会ったような、挨拶したかどうかは記憶にないんですが。そのあと、アニドゥ主催のアニメの試写会があったんですね。「ナージャ〔の大暴れ〕」

萩尾:はい。ささやななえこさんがいらした。吾妻さん、ナージャの色紙を描いていたんですね。

吾妻:そうです。描いていました。みなさん描いていましたけどね。その後、大泉で昼からおいしい、不思議な日本酒を飲みました。白ワイン味の日本酒です。すごいんですよ、萩尾さんの飲み方は。

萩尾:あのときは、まだ飲んでいた頃だから。

吾妻:ぼくもやめていますけどね(笑)。

司会:お互いの初対面時の印象はどんな感じだったのでしょうか?

吾妻:落ち着いて、おとなしい人だなと思ったんですが、「ナージャ」の試写会のときにサンドイッチが出たんですね。それを萩尾さんがナプキンにくるんで、もってかえられて。すごい物を大切にする人だなと。すごくいい印象でした。

萩尾:私は吾妻さんがアニメのカットを描いているところを今思い出していて、これが吾妻さんだと思った、ということは作品を読んでいたと思うんですけども。

司会:お互いの作品を読んだのは、初対面の先でしたか、それとも後でしたか?

萩尾:前だったと思います。

吾妻:読んでいたと思いますけどね。

司会:作品と本人にギャップって感じましたか?

吾妻:僕は別に...。

萩尾:私も別に...。

吾妻:その頃はそんな、酒も飲んでなかった。その後ですね、段々朝から飲むようになったのは。

司会:お互いの作品で一番最初に読んだ作品を覚えてらっしゃいますか?

萩尾:えーと、すみません。覚えてないです。

11月のギムナジウム吾妻:僕は多分「11月のギムナジウム」だったと思います。

萩尾:すみません、ここにあります(萩尾先生の方のテーブルに本があったため、萩尾先生が吾妻先生にお渡しする)。

吾妻:萩尾さんのファンの人がいろいろ切り抜きをもっていて、それで貸してもらって読んだのかな。素晴らしかった。


司会:今の時点でお互いの作品で一番好きな作品をあげてください。

不条理日記失踪日記
萩尾:ずっと「不条理日記」が好きだったのですが、アル中の「失踪日記」が出て、あれはなかなか描けるものじゃないなと。素晴らしいですね。

司会:「不条理日記」のどのあたりが好きだったのでしょうか?

萩尾:どこもおもしろいけど、これは「SF作家がSFとともに壊れていく」という内容の話で。いえ、そういう話じゃないんですが、私はそう解釈したんですね。SFの小ネタがいっぱい出てくるんです。それがすごく小粋に効いてて、うわっセンスのいい人だなと思いました。

吾妻:これを褒めてもらえるのは嬉しいです。ずっと萩尾さんに負けていた気がするので、これでちょっと盛り返した。

司会:吾妻さんは萩尾さんの作品で好きなものは?

ゴールデンライラックp113
吾妻:ぼくはもうだいたい好きなんですけど、「ポー」とかも。今回は「ゴールデンライラック」をあげさせてもらいました。これは泣ける話で。115ページ、主人公が夫ハーバードに謝るんですが、「あなたを一番愛していたわけじゃないのに結婚したわ」「そんなことはいいんだ、わたしのほうは一番愛してたんだから」。この台詞、私も言ってみたい。実に大人な台詞だなと感動しました。

萩尾さんのマンガは泣けるなぁ萩尾:「一番好きじゃなかったけど、あなたと結婚した。」「いいんだ、私の方は一番好きだったから結婚した。」こうやって言うといい台詞ですね。

吾妻:素晴らしい台詞です。萩尾さんの「訪問者」とかも好きで、なんでこんなに泣けるのかと泣いたあとスッキリしましたね。



●漫画家になりたいと思ったのはいつ?

司会:いつ頃漫画家になりたいと思いましたか?萩尾さんは1965年高校2年生のときに手塚治虫の「新選組」を読んで、吾妻さんも手塚治虫の「ロック冒険記」、石ノ森章太郎さんの「マンガ家入門」を読んで、と聞いていますけれども。

ロック冒険記吾妻:「ロック冒険記」は本格的なSF漫画のようです。発表年代と僕が読んだ年代は相当ずれていると思います。お話は地球と同じような星が太陽の反対側にあり、そこへロックと友だちが来て、超人と交流したりして、戦争を止める話なんですけど、主人公が死んじゃうという非常に悲劇的な話ですけれども。これが手塚さん一流の人間に対する風刺的な漫画ですね。ちょっとカレル・チャペックの山椒魚戦争が入ってます。

マンガ家入門吾妻:「マンガ家入門」は石ノ森さんがいかに漫画が素晴らしいものか、他のどんなジャンルにも負けない表現だということを純朴な少年少女に洗脳していく本です。この本を読んで漫画家になろうとして、道を誤った人が多数います。そういう漫画少年・少女を洗脳した人に永島慎二さんという人がいて。「漫画家残酷物語」を描いた人です。あとその当時発生した劇画というジャンルも、やはりすごい僕たちの世代では漫画少年・少女をたくさん生みだしたものです。特に「漫画家残酷物語」は危険な本ですので注意して下さい。

新選組萩尾:「新選組」を読んで漫画家になろうと思いました。それまでは友だちの同人誌に入れてもらったりして、漫画の描き方を教わっていたんですが、石ノ森先生の「マンガ家入門」を読んだ後に、これはとても大変な仕事だ、プロになるのは絶対に無理だわ、と思って、逆にちょっと引いたんです。そしたら「新選組」を読んでショックを受けて、「新選組」のことが頭から全然離れなくなってしまって、これはダメだ、こんなショックを受けたんだから、私も誰かにショックを与えないと、と思って漫画家になってみようと。不思議なもので、なろうと思ったときにはもうなれると信じているんですね。あとはどうやってなればいいか。それで投稿しようと思って、投稿原稿をそこから描き始めたんです。それまではずっと同人誌を描いてばかりいたんですが。
「新選組」は人に説明するときに自分で〔作品には〕ない台詞をつくって説明したんです。「新選組」は何度も読んでいるのですが、今でも自分の頭の中の文字が透けて見えます。

司会:吾妻さん、「新選組」を読んだことありますか

吾妻:読みましたけど、そこまで妄想しきれなかったんです。

萩尾:読んだ時期もあったんじゃないかと思いますね。

吾妻:そうですね、出会いっていうのはありますね。

司会:萩尾さんは手塚治虫の「ロック冒険記」、石ノ森章太郎「マンガ家入門」は読んでいましたか?

萩尾:石ノ森さんのは知ってましたけど、手塚さんのは知りませんでした。「ロック冒険記」今見るとこのすらーっとした八頭身美少年。当時珍しかったネクタイをしていた。手塚さんの作品って、ネクタイをしている少年って多いんですよね。かわいらしい、ハンチング帽をかぶって。それだけでオシャレって感じでしたね。

吾妻:僕もこのスタイルが大好きで、このスタイルで女の子を描くんです。「ロック冒険記」は一人称視点っていうのがあったんです。主人公ロックの視線で敵を追い詰めるんですよ。すごい実験的なことをしている。

龍神沼萩尾:映画的なことを。〔石ノ森さんの〕「龍神沼」の最初のページがあったけど、すごくきれいな画面ですよね。後ろ姿で顔がわからないけど、重心がぶれない姿勢でまっすぐ道を歩いている、長い足のこのカッコよさ。そういうのに憧れるわけですよ。

吾妻:僕はその田舎のかわいい女の子が好きです。「龍神沼」の神様が嫉妬する。石森さんは「マンガ家入門」でもそうなんですけど、結構自分で自分を褒めるくせがあるんです。それは悪いって言ってるんじゃなくて、そういう自己愛って物書きには大切なんです。僕は石森さん大好きでした。石森さん、手塚さんで育ったようなものです。僕はこれ「マンガ家入門」に影響を受けて、漫画を描き始めました。

萩尾:それまでは描いてなかった?

吾妻:カットみたいなものを。009の模写とか。

萩尾:最初に描いたその漫画はどんな話ですか?

吾妻:エイリアンが地球に侵略する話です。前半の8ページしか書いてないですけど。

萩尾:後半の8ページはどうしました?

吾妻:もうそこは考えてなかったです。僕が入っていた同人の会に送ってました。萩尾さんも描いていた?

萩尾:九州の方で肉筆回覧誌に入っていました。『COM』とか売りに出されて、全国に同人誌の支店みたいなものが出来て、漫画家のグループがいろんなところに固まっていた時代でしたね。



●『COM』の話
司会:今『COM』の話が出ましたが、お二人とも『COM』を読んでおられました。『COM』とはどういう雑誌だったのか。その印象とか思い入れとかを話していただきたいのですけれど。

『COM』創刊号萩尾:私が高校2年生の終わりに創刊されたと思うんですけれど、今では本当にいろいろな種類の雑誌がありますけれど、当時は漫画は基本的に子供のもので、読者対象が中学生・高校生ぐらいで止まっていたんです。それか、いきなりおじさんたちのエロ漫画に行っちゃったんですね。中間のグループが全然なくて、漫画は卒業するものという感じでみんな手にしていました。もちろん白土三平さんのとかもあったんですが、そこに『COM』という雑誌が出て、「漫画を卒業しなくていい漫画雑誌」が出来た、と思ったんです。創刊号から買いました。手塚先生の表紙だし、手塚先生好きだし、石ノ森先生が「ジュン」描いてるし。毎号新しい試みをしていて、ワクワクしながら読みました。

吾妻:僕も熱中して読んでいましたね。手塚さん、石ノ森さん、永嶋慎二さん、みなさん実験的な漫画を描いていて、それも素晴らしいのですが、やっぱり「ぐらこん」があったこと。これほど新人を発掘した雑誌はないというくらい、すごい人たちが投稿していました。あだち充とか、僕の尊敬する宮谷一彦さん、青柳裕介、長谷川法世、河あきら、樹村みのり、岡田史子。みんな上手なんで、すごいなと。ぐらこん支部というのが各県にあって、北海道支部の会長の川端っていうのが、コボタンで宮谷一彦に喧嘩ふっかけて、殴られたんです。

萩尾:どうしてそんなことを?コボタンっていうのは新宿にあった漫画喫茶店?今でいう漫画喫茶ではなく、単に漫画の本がおいてある喫茶店なんだけども、原画が飾ってあったりして、すごい人の原画だとか感動しながら帰って来た覚えがある。そこで喧嘩を?

吾妻:宮谷さんの喧嘩は筋金入りですからね。川端なんて一発でやられちゃう。

萩尾:なんて言って怒らせたのか知りたいですね。

吾妻:宮谷さんのことを?原画展に行って「こんなもんたいしたことない」とか言ったんじゃないですか?

萩尾:それは失礼な。

吾妻:宮谷さんがいらっしゃったらしくて、一発でのしたと。僕は今でも宮谷さん尊敬していますけども、今は休筆なさってるんですね。

萩尾:長い休筆ですね。描いては休筆、描いては休筆。

ポーチで少女が小犬と吾妻:これを見たら萩尾さん、いらっしゃるんですが、いつ頃でしょう?

萩尾:いつでしょう?1971年って書いてありますね。「ポーチで少女が小犬と」を描いたんじゃないかな?

司会:(萩尾さんに)『COM』に一度投稿されたけれど、落選したとのことですが、どんな作品でしたか?

萩尾望都「星とイモムシ」萩尾:それはSFだった記憶はあるのだけど。どんなSFだったかというと、ある男性が理想の女性に巡り会って、結婚の約束をしたら、それは宇宙人で実はタコだったという話です。
(※この「星とイモムシ」は投稿して落選した作品ではない。「星とイモムシ」というお題で募集した際に描いたものだが、締め切りに間に合わず、投稿できなかった)

吾妻:「ポーチで少女が小犬と」という作品は"悪い意味でなく、SFマニアの悪いところが出ている"。説明しない、SFファンのありがちな。その後の作品ではちゃんと説明するようになってる。

司会:(吾妻さんに)『COM』を全号もってらっしゃるほどなのに、投稿されなかったそうです。何故なんでしょうか?

吾妻ひでお「こうしてわたしはまんが家した」(初出:『ざ・色っぷる』1980年)吾妻:僕は人に批評されるのがイヤなんです。

萩尾:これはすごいイメージ・シーンですね。ネズミがくるくるって回すやつみたい。三つぐらいずれているということは、これが時間軸ですよね。

司会:(吾妻さんに)「ぐらこん」で大和和紀先生や忠津陽子先生ともお知り合いになったそうですが、お二人の当時の印象はどんな感じでしたか?

吾妻:僕がぐらこんに入ったのは高3のときで、同級生で今も漫画を描いている松久由宇っていう奴がいたんですが、そいつに大和さんや忠津さんを紹介していただいたんですが、そのとき札幌まで行ったのかな?大和さんは僕らより二つくらい上なんで、落ち着いていて、その頃もうプロだったのかもしれない。忠津陽子さんとかもいて、カットとか見せてもらったんで、一枚欲しいと言ったら、ダメですと言われました。そういう思い出があります。お二人とも素晴らしいペンタッチで、とにかく絵が上手でしたね。

吾妻ひでおが大和・忠津を訪ねるシーン
「地を這う魚」(吾妻ひでお)2009.3.5

萩尾:上手ですよね。60年代少女漫画の原型というのは、手塚先生が描いた少女漫画とかから始まっているのですが、70年代後期の少女漫画の原型は、大和さん、忠津さんから来ているんじゃないかと思います。お二人とも女の子がかわいかったですよね。当時漫画評論もいろいろあったんですが、女の子が「かわいい」と書かれているものが一つもなくて、男ってこのかわいさがわからないのかと思いながら、評論を読んでいました。

司会:『COM』で作品を発表していた岡田史子先生について、萩尾さんも吾妻さんも衝撃とおっしゃっていますが、その当たりをちょっと詳しくお話いただきたいです。

吾妻:僕が本当に岡田史子さん作品のすごさがわかってきたのは30歳くらいになってからで、出た当初は変わった漫画だなというくらいしかなかったんです。やっぱり歳とってくると、天才だというのがわかりますね。天才神話はわずかな期間、1年か2年くらいしか続かなかったので、余計思い出に残っています。

萩尾:一般の漫画の芸術は劇画も含めて、良くも悪くも手塚先生の系列から始まった日本の漫画っていうカテゴリにきれいに収まるものなんです。例えば、明治時代にみんなが着物を着ている状態で、そこに岡田さんがいきなりやってきて、フランス系ロングドレスを着て、突然降臨しました。それぐらい不思議なものが現れたという感じでした。
これがイラストであるとか、画家の絵であるなら話はわかるのですが、漫画なんです。イラストではなく漫画なのか、イラストで漫画が描けるのか、とショックでした。でもイラストレイターだって、もちろん漫画を描いてるし、そういう人が描いた漫画を読んだことがあるのですが、不思議なことに、イラストレイターの絵っていうのはやっぱり1枚1枚のカットがイラストだから、1枚ずつ見つめてしまうんですね。目線が流れていかないんです。すごい際どいバランスでちゃんと目線が流れるんです。イラストチックなのに。コマからコマへ移る目線の流れっていうのは漫画において本当に重要で、岡田さんは岡田流目線の流れっていうのをきちんと作って、流している。本当にラーメン屋でチーズケーキを食べるような、そのくらい違和感があって素敵な世界を見せてもらいました。もっとちゃんと説明出来ないかな(笑)

岡田史子「ガラス玉」(「ガラス玉」岡田史子)←この最後のシーンなんか素晴らしいでしょう?旅に出た彼氏と、送り出してそっと待っている女の子。旅に出た男の子の周辺にある、このボスみたいなシュールレアリズム系の風景、これが漫画で描けるなんて。



11月のギムナジウム司会:(吾妻さんに)萩尾さんの「11月のギムナジウム」のおもしろかったところを教えて下さい。

吾妻:これの前の「雪の子」という作品あたりから、萩尾さんの作品がちょっと変わってきて、これは複雑なプロットで、見事に構成していて、伏線がちゃんと貼ってあるし、二人の少年の運命の悲劇を描いた本当に素晴らしい傑作なんですけど、これを果たして『少女コミック』の読者がわかったかのかというのは、非常に疑問。編集者もすごい気合いが入った人だなと思いましたけども。このページ数でこれだけの話をかけるなんて、本当に才能のある人だなと思いました。

萩尾:ありがとうございます。最初に編集部には「40枚であげます」ということで、ページをくれたのですが、ネームやっているうちにどうしても入らないと思って、どのエピソードを削ろうかとうんうんうなっていたら、急に5枚分余りページが出たんですけど、と言われて、喜んでもらいました。それで45枚になった。

吾妻:僕はこの作品はそれれまでの恋愛ものとかいう、少女漫画の範囲には入らないと思うのですが。萩尾さんの絵で美少年が出てくるから、読者の方は〔この頃はもう萩尾さんには男性読者がいっぱいいましたけど〕絵のかわいらしさで読めるんだと思うんですけれど、このストーリーの重さっていうのは、どういう発想なんですか?悲劇ですよね。

萩尾:これは私、ヘッセにこけていたから。あと西洋のいろんな映画とかが好きだったものだから、映画みたいなドラマチックなものとか、何かこうあったんでしょうね。それでトーマとかエーリクとかオスカーとか「トーマの心臓」と同じキャラクターが出てくるので、これが終わった後に「トーマの心臓」を考えたのねって言われるんですけれど、逆で、「トーマの心臓」をずっと鉛筆で描いているときに、サイドストーリーとして「これ、双子だったらおもしろいな」とふと思って、「11月のギムナジウム」は出来たんです。思いついていろいろ描いてる作品があったのですが、「トーマの心臓」はその一つだったんですね。それは発表するあてとか全然なかったんですけれども、短篇だからいいだろうと思って、これは描かせてもらいました。

ポーの一族司会:(吾妻さんに)「ポーの一族」を読まれた時期はいつ頃でしたか?

吾妻:これは、始まったときから読んでいたんですけれど、そのだいぶ前に東京の青柳さんという人がやってる、個人誌(肉筆回覧誌)にメリーベルのイラストと簡単なストーリーが描いてあったんです。そのときはわからなかったんですが、そのだいぶ後に「ポーの一族」が始まったんで、発想は2~3年前なのかな。萩尾さん、覚えてます?

萩尾:「ポーの一族」を始めるちょっと前に「ポー」関係のストーリー案というのを描かせてもらったんですね。その1年ちょっと前くらいにアイディアが出来て、編集部に「長編で描きたいものがあるんですけど」と言ったら、「あんたまだ長いものは描いたことがないから早すぎる」と却下されて、青柳さんのカットはそこら辺で描いたんじゃないかと思います。「メリーベルと銀のばら」「ポーの村」「グレンスミスの日記」などサイドストーリーを描いていたんですね。さすがに編集部にバレて、「あんた、これ同じ話だね」と。「じゃあ一回プロットもってらっしゃい」と言って、ページをもらいました。なせばなる。

吾妻:いい話だ。

吸血鬼ちゃん司会:(吾妻さんに)1973年春の作品「吸血鬼ちゃん」は「ポーの一族」と関係がありますか?

吾妻:さっき出た青柳さんという人の同人誌に載せた「吸パイ鬼」という作品を描いていた。「吸血鬼ちゃん」はその流れで少年誌に描いたんで、まったく関係がないということはないです。(※注「吸パイ鬼」のサブタイトルは「おろかな一族によせて」ですからね...)
萩尾:この「吸血鬼ちゃん」はお名前はなんていうんですか?

吾妻:名前はないです。



●二人の合作

愛のコスモ・アミタイツゾーン司会:お二人の合作についてお聞きします。お二人は1981年発行の「奇想天外」臨時増刊号で合作漫画「愛のコスモ・アミタイツ・ゾーン」を発表されています。萩尾さん、こちらの合作漫画の成立のいきさつなどを教えて下さい。

萩尾:なんか編集が何か言ったんじゃなかったでしたっけ?

奇想天外臨時増刊号 吾妻ひでお大全集吾妻:奇想天外社の、全然喋らない編集者の小口さんが「吾妻ひでお大全集」(1981年5月)のときに萩尾さんにお願いしたんですね。合作したときは、萩尾さんはこの前にもう一つ仕事があったんですよ。対談の仕事が(※注:同年4月の「別冊奇想天外」レイ・ブラッドベリ大全集での対談と思われます)。

萩尾:そうでした。描く前に飲んでいたような気がする。

吾妻:飲んでました。しこたま飲んでた。

司会:これはお酒を飲んだ後に描かれたということですね。何時間くらいかかったのでしょうか?

萩尾:お酒を飲んだ後だから10時間くらい?

吾妻:そんなかかってないですよ。6時間くらい。確か、飯田耕一郎さんがベタを塗ってくれて。

司会:飯田さんが所有されている色紙をお借りしました。今日も会場にいらっしゃるそうです。

萩尾:お世話になりました(笑)。

文藝別冊総特集 吾妻ひでお愛のネリマ・サルマタケ・ゾーン司会:それから30年後になるんですけど、2011年発売の「文藝別冊総特集 吾妻ひでお」でお二人は二度目の合作をされます。タイトルは「愛のネリマ・サルマタケ・ゾーン」。合作が決行されたのは2011年3月21日なんです。私がこの本を編集したので立ち会ったのですが、ちょうど東日本大震災が3月11日に起こったので、その10日後でした。吾妻先生のご自宅で行われました。

萩尾:雨が降っていたんですよね。福島第一原発が次々爆発した後だったので、雨が降ってきたら放射能だと思って、完全防備して出かけたんです。バッグも全部ビニールをかぶせて、画材を入れたキャリーカーも全部ビニールをかぶせて、それでやってきました。

吾妻:まさか本当に来るとは思わなかった(笑)。話はお互いに自分の世界にもっていこうとして、意味不明な作品になりましたが。萩尾さんとにかく早いですよ。結局4時間くらいでしたね。消しゴムとベタは穴沢さんがやってくれて、最後のスクリーントーンはこういう下々の仕事は私がやりますからと言ったんですが、萩尾さんが。

司会:スクリーントーンは萩尾さんが貼ってらっしゃいましたね。

萩尾:私スクリーントーン早いんです。このときすごく複雑な背景にスクリーントーンを貼ることになって、吾妻さんからなんか言われたんですよね。

吾妻:そんなとこに貼らなくてもいいんじゃないですか?(笑)

萩尾:そうなんです。貼り始めてそう思いました。

司会:お二人でネームを描いてらっしゃるときに、ネーム上口論になっていて、吾妻さんが最後「オチ、萩尾さんお願い」って言ってましたね。お二人の仲の良さがとてもよくわかりました。



●SFの話は尽きない(その1)
司会:ちょっと話題を変えます。SFについて、お話して下さい。お二人は幼い頃からSFが大好きな少年・少女だったと思います。SFとの出会いについてお聞かせ下さい。

萩尾:今回の対談のために、吾妻さんに好きな本を2~3冊選んで、どうしてこの本が好きかというSFの本を紹介するというのはどうですか?と言ったら、吾妻さんからじゃあそのネタにと言って、このデータをいただいたんです。全部吾妻さんの手書きで、過去に自分が読んだ本のリストがだーっと書いてあるんです。感想もちょこちょこ書いてあったりします。すごい貴重なものを、ありがとうございます。私がちょっと口をすべらしたばっかりに。「萩尾さんにオススメのSF本は」ってすごいんですよ。「クチュクチュバーン」(吉村萬壱)、「粘膜人間」(飴村行)、「やみなべの陰謀」(田中哲弥)とあります。読んでみます。

司会:萩尾さんのSFとの出会いというのは?

惑星SOS萩尾:小学校の頃からずっと読んでいたのですが、アジモフのSFを読んでから、一気にはまっちゃったんですね。小学校の頃「鉄腕アトム」なんか読んじゃうともうSF好きになってしまうんですよ。そういうものだと思っていたら、アジモフの「惑星SOS」、後に「宇宙気流」という名前でちゃんと本になりましたが、そのときは『中学3年コース』の付録でした。この薄い本が本当におもしろくて、そこからはまって頭の中がSFでいっぱいになりました。それから積極的に「SF」と名乗っているところにふらふらと寄っていくことになりました。
地球が昔爆発してなくなってしまっていて、みんな脱出して宇宙全体に広がった。その時に地球という星をみんなが覚えていないということにものすごくショックを受けてしまって、「鉄腕アトム」でも「009」でもちゃんと地球は出てくる。地球が出てこない、未来の文明というのがあるんだ、と。それでちょっとはまっちゃって。価値がまったく新しいものに転換してくるというショックとおもしろさがありました。

銀河帝国興亡史 1 ファウンデーション吾妻:これがアシモフの「銀河帝国興亡史」三部作につながっていくんですね。僕もアシモフが好きで、「銀河帝国興亡史」ではまったくちですけれど、帝国の興亡が精神社会学者(心理歴史学者?)の博士がある時期が来ると預言する。

萩尾:未来はこんなふうになるだろう、と科学の力で予知しちゃうんですよね。

吾妻:1回目と2回目、セルダン預言はあたる。3回目、4回目は誰も聞きに来なかった。5回目に聞きに行ったら、予想は大外れ。何故かというとミュータントの皇帝があらわれたから。

萩尾:予想しなかった因子が入り込んでしまい、セルダンの予想した未来を変えてしまった。

吾妻:その後、ミュータントの王が死んで、第一ファウンデーションが勢力を取り戻して、第二ファウンデーションも実はあるという話なんだけど、その後のオチを僕、覚えていないんですけど。

萩尾:私もその辺の記憶があいまいです。

吾妻:いや、とにかく、むちゃくちゃおもしろかった。僕はその他、ブラウンとかシェクリイとか、ハインラインもはまって。萩尾さん、ハインラインはどうですか?

萩尾:好きです。善悪のスタイルがものすごくはっきりしている向きがあって、えっと思うときもあるんですけど。つまり敵は必ず醜かったり、悪どいことをしたり。敵にも情けをかけるというのは「鉄腕アトム」で読んだから、いいやと(笑)。ハインラインはすごくドラマ構築がうまくて、かなり読みました。

ダブルスター~太陽系帝国の危機吾妻:僕は「ダブルスター~太陽系帝国の危機」を読んで。主人公が売れない役者なんです。有名政治家の替え玉役をやらされて、火星に行くんです。売れない役者のくせにプライドだけは高くて。火星人の匂いに耐えられないと言う。そこで医者が催眠術で香水の匂いがするようにすると、火星人の匂いが気にならなくなるとか。

人形つかい萩尾:初期の短篇ですけど、「人形つかい」。これがすごいショックで。いつの間にか宇宙人から地球人が侵略されている。ヒルか大型のなめくじみたいなものが背中へばりついてコントロールしてしまうんです。コントロールされた人間は人形のようになってしまって、もう言いなりになってしまうという怖い話なんですけどね。

吾妻:この辺は後半で喋らなきゃならないんです。僕が喋ってしまったんですね。

司会:お二人のSFの好みの共通点っていうのはどのあたりにあると思いますか?

萩尾:この間、対談の前に「吾妻さんもSFが好きだから、SFの話をしたらおもしろいかしら?」と言ったら、吾妻さんが「SFファンだという人とSFの話はしたくない。」と言われて、私も「ハッ」と思いあたることがあったんです。というのも、これまで「あなたもSF好きなの?私もです。」と言って話し始めて、いい思いしたことがない(大爆笑)。

吾妻:どんな感じになるんです?

萩尾:私が「フィリップ・K. ディックが好きで」というと、「え、どこがおもしろいの?」と言われてしまう。

吾妻:ディックは僕は最近、すごく歳をとってからわかりましたよ。萩尾さんは20代の頃からファンですけど。あれは相当人生経験を積んでないとわからないですよ。

萩尾:あれはあの暗さがいいんですよ。

吾妻:これは後で話しましょう。

司会:(吾妻さんに)萩尾さんの「11人いる!」を読んだときに、「負けたと思った。SFでこんな傑作を書かれたのが悔しかった。」と思われたそうですが、「11人いる!」の素晴らしいところを是非お話して下さい。

11人いる!吾妻:これは本当に名作で、漫画でこういう本格的SFは萩尾さんの「11人いる!」だと思うんですが。この作品はSFファンが泣いて喜ぶツボを心得ているんですね。まず、初っぱなに「テラ概略史」っていうのが出てくるんですけど、SFファンは未来史とか興亡史とか年表が好きなんです。作家も年表通りに作品を書く人もいますし、ファンが勝手に年表を作る場合もあるんです。だからこの概略史が出てきたとたんに、これはもう傑作という。ストーリーはSFミステリー的な「11人いる、一人多い」という謎で全体の話を引っ張っていくんですが、その間にSFファン泣かせの小ネタがチラチラ出てくる。テラの画家の宇宙の守護神は何故弓に何もつがえていないのかとか、電動ヅタ、フロルとヌーの両性体(両性種)、ヌーの星の二つの恒星をめぐる惑星、一生に一度の冬、一度の夏という構想の大きさ。主人公の白号という船にまつわる悲劇。とにかく傑作で、当時のSFファンが会合などで集まると、すぐ「11人いる!」とか言う。2~3人しかいないのに。SFファンを全員魅了した傑作です。

萩尾:どうもありがとうございます。あのときは夏の暑さといろいろでバテて、絵にかける時間はなかったので、絵がとっても荒れちゃって、ひたすら申し訳ありませんという感じで描いていたんですね。最後は松本零士先生のアシスタントさんにお手伝いに来ていただいたんです。いきなり船が宇宙戦艦ヤマトになってて(笑)。そういう思い出があります。

あそび玉"司会:「11人いる!」の前に発表されていた萩尾さんのSFの短篇で、「精霊狩り」「あそび玉」などがありますが、萩尾さんのSF作品について、吾妻さんの感想をお聞きしたいです。

吾妻:「あそび玉」はSFファンが大好きな"超能力者が迫害される"というテーマです。未来のお話ですが、構成がうまい素晴らしい傑作です。「精霊狩り」は途中でミュージカル風のダンスをしながらシーンが進んだりするのが、おもしろい。

萩尾:急にダンスが始まるのは「サウンド・オブ・ミュージック」とか「ウェストサイド・ストーリー」とか、当時ミュージカル映画がすごい好きで、キャラクターに歌いながらダンスにさせたんですね。おもしろいかなと思って。「あそび玉」の方は超能力者が迫害されるという...

スラン吾妻:ヴァン・ヴォクト?

萩尾:いや、その頃はまだ「スラン」は読んでいなかったんですよ。ジョン・ウインダムの「ソンブレロ」という短篇を読んでいたんです。だんだん超能力を現してくる女の子を親が怖がる。似たような子供がどこかに行ってしまい、帰ってこない。お母さんが「この子もいつかどこかへ行ってしまい、帰ってこなくなるのかしら?」と。すごく寂しい短篇だったんですね。迫害されちゃうんだと、いろいろ考えて描いたのが「あそび玉」です。この作品を描いたら、知り合いのSFファンの人が、ヴォクトの「スラン」を読んだ?と言われた。

吾妻:僕は「新しい人類 スラン」という古い本で読みました。

萩尾:昔のSFにはよく前後のタイトルがくっついているんですよね。「幼年期の終わり」には「地球」がついて「地球幼年期の終わり」とか。

吾妻:「あそび玉」萩尾さんが初めて描いたSFですかね?

萩尾:はい。シリアスなものでは初めてです。

吾妻:最初からあれだけのものが描けるというんで。傑作です。

百億千億司会:萩尾さんが「百億の昼と千億の夜」を『チャンピオン』に連載していたのは、1977年~1978年になります。その頃ちょうど吾妻さんも「チョッキン」を連載中。当時SFは描きづらかったという状況をよく聞くのですが、お聞かせ下さい。

吾妻:「百億...」はどういう経緯で『チャンピオン』に載ることになったんですか?

萩尾:本格SFみたいなものを描きたいんだけれども、少女マンガではなかなか編集からOKが出ない。少年誌だったら描けるんじゃないかと思って、『少年チャンピオン』の編集さんに紹介していただいたんです。誰に紹介していただいたのか忘れたのですが。その編集さんがたまたまSFが好きで、光瀬先生の作品とかたくさん読んでいて、光瀬先生の作品の話で盛り上がっちゃったんですね。光瀬先生の作品を描くんだったら、「百億と千億」が一番いいと私が言ったら、その担当さんが光瀬先生を(直接)知ってるものだから、話してみます、というんで。いくら言っても扉が開かないときと、ちょっと言ったら転がるように展開していくのとあって、これは転がるように展開していったんです。あっという間に決まりました。そんな訳でいきなり『チャンピオン』、いきなり光瀬龍、いきなりSFなんですよ。

吾妻:少年誌は初めてですか?

萩尾:はい。初めてだったと記憶しています。

吾妻:どうでした?

萩尾:おもしろかったです。描いてみてわかったのは、私の絵の線が細すぎる。これはダメだと、少年作家というのはやはり線太だなと思って。

吾妻:水島新司さんの線はすごいですよね(笑)。鴨川つばめさんとかいましたね。私は「チョッキン」という貯金が趣味の男を主人公にした話を描いてました。

萩尾:銀行の中でたくましく生きる話ですよね。身につまされる感じの。

吾妻:よくあの光瀬さんの話を萩尾さんが描いたなと、またそれを『チャンピオン』に載せたな、と。

萩尾:そうですね。その時の担当が阿久津さんという方だったんですけど、『チャンピオン』は今、「ドカベン」「ガキでか」で売れてるから、1本くらい売れないのがあっても(構わない)とおっしゃって(笑)。



●SFの話は尽きない(その2)

ハイペリオン司会:お二人の読書体験についてお聞きしたいと思うのですが。

萩尾:さっき喋っちゃいましたけど、吾妻さんに読書体験をたくさん書いていただき、ありがとうございました。〔吾妻さんからの読書ノートを見せながら〕この中に「ハイペリオン」のシリーズがありますが、分厚くて長いやつを吾妻さんは全部読んだんですよね。

吾妻:途中で挫折しましたけども、4冊くらい読んだかな?

萩尾:私、3冊くらいもってるんですが、1冊目の8ページ目で挫折しました。何度も再挑戦するんですけども、やはり8ページ目くらいで挫折するんですよ。どうしたらいいでしょう?ある人が「これを乗り越えたら、おもしろくなるんですよ」と言われて「何ページ目くらいからおもしろくなりますか?」と言ったら、「100枚くらいまで」と言うので「わかりました。じゃあ100枚くらいまで頑張って読んでみます」と言ったら、後で電話がかかってきて「ダメでした。全行程の10分の9くらいまで読まないとおもしろくなりません」と。そうですか?

吾妻:いや、いきなりおもしろいですけどね(笑)。きっと、萩尾さんの体質には合わなかったんですよ。ダン・シモンズってもともとホラー書いてる人なんですね。

萩尾:じゃあ「ハイペリオン」ってホラーなんですか?

吾妻:「ハイペリオン」シリーズは完全にSFですけれど、特に新しいネタがあるというわけではなくて、それまでのSFをいろいろ読んでいればわかる、総集編みたいなものです。

萩尾:じゃあもう一度挑戦してみます。

吾妻:胸の十字架の刻印がある種族が永遠の命をもっているんですが、頭脳が退化している話とか、細かい話がいっぱい入って来るんです。ダン・シモンズ、「殺戮のチェスゲーム」というのを最初に読んだんですけども、これはホラーでしたね。人の心を操って、勝手に殺し合わせるという。ホラーといえば、キングとかどうですか?

萩尾:キング、大好きですよ。

吾妻:SF書いたときだけ、キングをSFファンが評価すると言われてますが。

萩尾:どの小説読んでも本当にストーリー構成がうまい。余分なもの、無駄なものがない。特にキングはグループで人を出して、この人たちがお互いに関係しながらストーリーを展開していくのがうまいんです。人間関係のかねあいでもって、これからどうなるんだろうとドキドキハラハラするし、うまいなと思っています。

11/22/63吾妻:僕は今年出た「11/22/63」、これはケネディ暗殺の日ですが、おもしろかったですね。

萩尾:タイムスリップの話なんですけど、すごいよく考えられていて。ある正体不明な人物もしくは出来事が最後までその事件を引っ張っていくんですけど、それが完全に解決されることはないんですね。それが謎のまま残るんです。神か悪魔か超常現象か、といった感じで。だから逆に事件は片付いたんだけど、まだ何か不思議なものが残っているという感じで終わるのがすごく多い。



●吾妻→萩尾オススメ本
吾妻:萩尾さんは読んでないと思いますが、僕の推薦した吉村萬壱、飴村行、田中哲弥はどうでしょうか?

クチュクチュバーン粘膜人間猿駅/初恋

萩尾:(吉村萬壱の)「クチュクチュバーン」とか「バースト・ゾーン―爆裂地区」とか、タイトルは知ってるんですけど、オススメだから読んでみます。

吾妻:はい。すごい気持ち悪いです(爆笑が起きる)。飴村行の「粘膜人間」これはトカゲ人間ということです。超気持ち悪い(笑)。田中哲弥の「猿駅/初恋」なんですが、「猿駅」っていう駅でお母さんと待ち合わせしてるんですけど、結局駅を出たら猿ばっかりなんです。だんだん猿まみれになってきて。お爺さんが「そこに猿叩きがあるからそれで叩け」って言われたから猿の頭をバンバンと叩いて。そうしたら涎だらけ、脳みそだらけになる。その中に母親もいるような気がするな、というひどい小説です。

萩尾:ちょっとなんか筒井さんのグロみたいな。

吾妻:そうですね。筒井さんの影響は多少あると思います。

萩尾:筒井さんもすごい好きなんですけど、あんまり怖いの読めないんですよ。

吾妻:筒井さんはいいですね。

萩尾:「霊長類 南へ」とかね、読んだけど、怖かったです。

吾妻:僕は筒井さんの大ファンで、無意識にコピーとかやってますけど、これは意識的にパクるよりはいいと思ってますが(笑)。安部公房「人間そっくり」はすごくおもしろい。

萩尾:「人間そっくり」はまだ読んでないです。「第四間氷期」の方だけ。

吾妻:平井(和正)さんどうですか?

萩尾:平井さんは「SFマガジン」で連載していたんです。途中まで読んでいました。かなり暴力の描写がすごいので、だんだんと読まなくなってしまって。

吾妻:確かにそれはありますね。途中から平井さんはまた別方向に行くんですね。

萩尾:神に目覚めるんですね。

やみなべの陰謀吾妻:そうですね。わけあって詳しくは言えませんが(笑)。さっきの田中哲弥の「初恋」っていうのはこれもちょっとエロなんで人前では話せません。でもこの人はストーリー傑作ですよ。

萩尾:(田中哲弥「やみなべの陰謀」の画像を見ながら)いい扉絵ですね。



●SFの話は尽きない(その3)
エヌ氏の遊園地吾妻:多分、萩尾さんに一番遠い作家なんで。僕SF書いてたりしたんですけど、それまで世界文学とか読んでいたんで、星さんの文体に出会って、すごく新鮮だったんです。びっくりしました。

萩尾:星さんは、私は多分95%くらい読んだと思います。本の回し読みをしていました。

吾妻:星新一で僕が最初に読んだのは「エヌ氏の遊園地」。意外なオチがある。有名なところでは「おーいでてこーい」とか、名作ですね。その後ぼくはブラウン、シェクリーにはまったんですが、あと、アシモフ、ウェルズ。ウェルズはほとんどSFの基本的なところを書き尽くしていますね。ヴォークトは。

宇宙船ビーグル号萩尾:「11人いる!」なんかは「宇宙船ビーグル号」の影響をもろに受けています。宇宙船が飛ぶといろんな怪獣が現れるんですね。
「非(ナル)Aの世界」もすごくおもしろかったです。

吾妻:(ストーリーは)もう全然覚えてないけど、すごかったのは覚えてます。最後、地球になっちゃう男とか。(「ビーグル号」に出てくる)このイクストルという怪物が「エイリアン」の原型になってるんですね。ほとんど不死身のエイリアンなんですが、生物のお腹に自分の卵を植え付けるというエイリアンで、そいつと宇宙で出会ってしまうんです。最初は猫型のケアルという、かわいらしい触手の生えた猫、そういういろんな敵と戦って冒険していくんです。この主人公が総合科学者でして、すごいおもしろい‥ヴォークトも大好きでした。

夏への扉吾妻:ハインラインは僕も大好きで、最初に読んだのが「夏への扉」。これはたいがいみんなはまりますね。

萩尾:そうですね。猫が出入口を探していると、奥さんが「あの子は夏への扉を探しているのよ」って。

吾妻:いい話ですね。

萩尾:こういう、ちょっとした心をそそる会話がいいですね。

異星の客吾妻:ハインライン、そういうところがうまいですよね。人物描写とか。「異星の客」っていうこれは火星人に育てられた地球人という。これはおもしろかったです。主人公のマイケル・スミスが人間が何故笑うのかということに気付いたときの描写とかね。

萩尾:あれは本当にびっくりしました。マイケルは火星で育った地球人なのでちょっと情緒感覚の対応が地球人とずれているんですよね。笑いについて勉強するために動物園に行くんです。そうしたら、猿山があって、ある猿が自分より小さい猿をポカンと殴るんですよ。殴られた猿はひぃとか言って、また自分より小さい猿を殴るんです。それで「笑い」がわかった、というんです。びっくりしました。

吾妻:人間はウィーク(弱いもの)を笑うんだよっていうことに気付いたという話なんですよね。基本的にこれは寓話なんですよね。「ミミズ天使」っていうのがフレドリック・ブラウンにありましたけど、スミスもやっぱり天国で天使の輪をあみだにかぶるというシーンが新鮮で。そこでこの話は風刺的な寓話なんだなということが気がついたんですけど。

萩尾:そう解釈すればいいのか。あそこはいったい何なんだろう、という感じでちょっとわからなかった。

吾妻:だから、いい終わり方だなと思いました。僕はハインラインはほとんど好きですけど、「人形つかい」や「宇宙の戦士」「スターマン・ジョーンズ」が好きですね。「自由未来」「愛に時間を」「悪徳なんかこわくない」この辺でちょっとハインラインはぼけてきた。

萩尾:ハインラインもすごい精力的な作家ですよね。

吾妻:「メトセラの子ら」っていうのは長命族ですね。差別というか迫害される物語が好きですね。「人形つかい」は本当にエイリアンが寄生するという怖い話ですね。

盗まれた街萩尾:このエイリアン地球襲来ネタっていうのは、その当時のSFには結構あったんですけど、やっぱり思い出してもこの「人形つかい」はこわいですね。あと「盗まれた街」(ジャック・フィニィ)とか。人間そっくりのやつが巨大なエンドウマメから出てくるんです。この話はカプグラ症候群の症状に似ているんです。カプグラ症候群は精神病理の一つで、脳障害が起きて、お父さんとお母さんが本当のお父さんとお母さんじゃないと言い出すんです。すごく親切な人で、自分がお父さんだよ、お母さんだよと言ってくれるんですが、違うと。どこがどう違うのかわからないけど、何か自分を騙している。精神科医の人が困って「じゃあ(何故彼らは騙しているのか、それは)どう思うの?」と聞くと「多分どっかの国のスパイで僕を監視しているんじゃないか」と。それで医者は両親に「一回息子さんの妄想に付き合ってあげなさい」と言うんです。「今までのお父さんとお母さんはおまえの言った通りスパイだったんだ。私たちが本当のお父さんとお母さんだよ。」「やっぱりそうだったんだ。」と言って家に帰って、一週間もすると「やっぱり違う」と言い出すんです。この症候群の話はラマチャンドランさんの「脳のなかの幽霊」という本を読んで最近知ったんですけど、この症例を知ったときに「呪われた町」だと思いました。「おじさんがおじさんじゃない」と言って始まるんですね。こっちはSFだから宇宙人だったんですけど。

吾妻:ウィンダム?

萩尾:ウィンダムともう一人書いてる。タイトル似てるけど‥。

吾妻:「トリフィド時代」これはウィンダムだけど。「さなぎ」「呪われた村」とか。これがさっきの話かどうかわからないんだけど。確認しないと。

萩尾:そうですね。「呪われた村」と「呪われた町」があるんで。「サヤエンドウ」とかいうタイトルだったと思うんだけど。(※注「サヤエンドウ」が入っているのは、ジャック・フィニイの「盗まれた街」です。)

トリフィド時代吾妻:ウィンダムの「トリフィド時代」は「緩やかな破滅」ものとか、そういうジャンルで呼ばれているらしいですけど。そんなに宇宙人がだっと攻めて来て、すぐに終わるという話じゃなくて。これは流星雨を見た人たちが盲目になって。目を病んでた人が包帯をしていたんで流星雨を見なかった。そこで生き残った人の世界にトリフウィズという食肉植物、これが毒の鞭をもっているんですが、これがはびこるという話です。淡々と進む破滅の物語です。これは大好きで何回も読んでいるんです。

吾妻:(リストを見ながら)この辺は僕のうちの本からネタを書いていたんですが、途中で疲れちゃって。ネットで調べて、僕の読んだやつを書いたんですが。

アジアの岸辺吾妻:「降りる」(トーマス・ディッシュ)っていうのは一種の不条理小説であって、SFじゃないんですけど、延々とエスカレーターを降りていって、上りのエスカレーターないわけです。延々と下を降りていく、オチもクソもないという。

溺れた巨人吾妻:J.G.バラードの「溺れた巨人」批判っていうのがあるんですけど。巨人の死体が海岸に打ち上げられるという話ですが、このパロディでとり・みきさんが描いたのが、溺れた巨大なバカボンのパパという。巨人伝説っていうのは、各地にあるらしいんで、これはSFじゃないという批判なんですね。



●萩尾→吾妻オススメ本

司会:お話は尽きないのですが、先ほど吾妻さんが萩尾さんにオススメの3冊をあげていただきましたが、萩尾さんの方から吾妻さんにオススメの本を今日もってきていただいているということですが。

萩尾:自分の好みとしては多分この「クチュクチュバーン」も「粘膜人間」も手に取らなかったと思うので、こんなふうに読んだら?と言われると、これも運命かなという感じもありますから、吾妻さんに、とりあえず運命で。いろいろあるんですけど、まずはハーレクインロマンスを。

時の旅人 クレアダイアナ・ガバルトン「時の旅人 クレア」っていう、シリーズ物でたくさん出ているんですが。タイムスリップものなんですけど。イギリスの現代の女の人と、1600年か1700年頃のスコットランドの若い族長が出会って恋に落ちるという話なんです。革命があったり、戦争があったり、波瀾万丈な人生がありまして。クレアさんは現代から来ているので現代の知識があります。「王家の紋章」イギリス版。やっぱりその時代の歴史を調べたし、ドラマチックで、とってもおもしろい話なんです。これを知ったのはある時、新潟に行く用事があって、行った先で本を買うんです。そうしたら「時の旅人 クレア」シリーズが平積みになっておいてあるんです。新潟の人ってこんなの読んでいるんだと思って、そのときはスルーしたんですね。その後、用事があって奈良に行ったんです。奈良の書店に入ったらやっぱり、このシリーズが平積みになっていて、奈良でも読まれているんだ、と。その後、試しに買ってみたら、無茶苦茶おもしろかった。

世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」。村上春樹はいろいろあるんですけど、私は入っていくのが大変で、50枚目くらいで挫折しそうになったんですが、それを超えたらおもしろいと言われて、読んだらおもしろかったんです。現実とファンタジーが入り交じったような、おもしろい冒険ものです。

ブラインドサイト「ブラインドサイト」ピーター・ワッツ。最近のSFですね。チャイナ・ミエヴィルをあげてらしたから、もしかしたら、これもお好きかもしれない。こっちの方がちょっとえぐいけど、宇宙人とコンタクトを取りに宇宙空間へ出て行く変わった面々という感じで、もし吾妻さんが漫画化したらどんなにおもしろいだろうという、不思議なお話です。吸血鬼は出てくるし、脳の半分ない男が出てくるし、多重人格の人が出てくるし、いろいろです。しかも相対する宇宙人の正体は何が何だか最後までわからなくて、どうコンタクト取ればいいのかわからない。

吾妻:僕が本当に読んだことのない作家なんで、読んでみます。まさかハーレクインとは。村上春樹は「1984」だけはちょっと気になって読んだんですけど、あれはおもしろかった。パラレルワールドもので、わりとSFっぽいです。



●お互いの最新作を

アル中病棟司会:最後の質問になるかと思います。お互いの最新作について語り合って下さい。萩尾さんに吾妻さんの「アル中病棟」を読んでの感想を是非お願いします。

萩尾:本当に感心しました。アル中病棟に入った淡々とした日常をこれほどおもしろくかけるのか。実はあのうちの弟もアル中で鬱病なので、アル中の症状っていうのは割と知ってるんですが、漫画家だからここまで客観的に描けるのかもしれないけど、ここまで描けるっていうだけで、もうすごい。病棟の中なんて私達は全然見たこともないし、病気のことを患者さんと話したり、深刻な話をすることはないのですが、この仲にはそういったことがギャグとサスペンスと不思議な距離感のある友情につつまれた、いろいろが入っています。それがとてもおもしろかったです。「失踪日記」の2番目ですね。「失踪日記」もすごくおもしろかった。吾妻さん、すごいですね。

吾妻:とんでもないす。今日は巨匠と一緒に話しが出来て嬉しいす(照れ)

王妃マルゴ司会:では吾妻さんに萩尾さんの最新作「王妃マルゴ」を読んでの感想をお願いします。

吾妻:これはすごいですね。おもしろかったです。画力・構成力・キャラクター・ペンタッチ、ますます磨きがかかってまして。歴史ロマンでこんなおもしろく描けるんだって、本当に感動しましたね。昔の日記を読んでいたら、「春の小川」を読んで泣いたって書いてありました。僕は萩尾さんの漫画で泣いてばっかりいます。あれはどのくらい続く予定なんです?

萩尾:あと2~3年続ける予定なんです。

吾妻:この資料を集めたり、写真とか歴史物って大変ですよね。

萩尾:すごく大変です。だから適当にでっちあげていますから。後で何か言われたらすいませんって言おうかなって。もう還暦過ぎたから、許してとかね。

吾妻:いや、さすが萩尾さんだと思って。僕はわけあって一時期漫画描いてませんでしたけど(笑いが起こる)、その間も萩尾さんは描き続けていた。そのキャリアが違います。僕が萩尾さんに唯一、ちょっと勝っているのは、少年のリビドーを刺激する女の子を描けること。萩尾さんは少女を魅了する少年を描けるんですよ。「マルゴ」続きを楽しみにしています。

萩尾:ありがとうございます。



●質疑応答

質問1:お二人それぞれにお好きな映画を教えて下さい。

萩尾:「2001年宇宙の旅」と「ブレードランナー」がすごい好きです。そのときの気分によって変わったりするんですけど、この二作は入っています。

シベールの日曜日吾妻:「シベールの日曜日」というのが大好きなんですけども。主人公の男の子が戦争で傷を負ってるんですけど、シベールは孤児なんですが、女性の象徴的な恋人であり、子供であり、母であるという、全部を象徴している存在なんですけど。最後は悲劇に終わるんですけど、素晴らしい名作だと思います。

質問2:今お二人が注目なさっている漫画作品でオススメの作品を教えて下さい。

進撃の巨人萩尾:「進撃の巨人」にはまっています。いったいあの巨人の秘密はなんだろうと思いながら単行本を読んでいます。あと細かくいろいろあるんですけど、「進撃の巨人」はショックでした。ぱくぱく食っちゃうんだもん。途中で「進撃の巨人」ってスピンオフがいっぱい出てるんですよね。「進撃の巨人中学校」とか?買おうかどうしようか迷っています。

吾妻:奥浩哉の新作の「いぬやしき」がすごくおもしろそうなんで。相変わらず立ち読みなんですが。あと一作しか読んでないんですけど土塚理弘と亜積沙紀「吾輩ノ彼ハ馬鹿である」。美形の彼なんですが本当にバカという。すごい笑える話。あと、田丸浩史の「ラブやん」読んでると、どうでもいいなぁと癒されるんです。

質問3:萩尾先生に質問「ここではない★どこか」のシリーズを描いてらっしゃいますが、今3巻まで読んだんですけども、あのシリーズはもう続きになる予定とかはないんでしょうか?

萩尾:描けるときが来たら描きたいなと思うんですけども、あれを描いているときに東日本大震災が起こってしまって、何故かそれから描けなくなってしまったんです。あれは生方さん一家がだんだん変化していく話なんですけど、この人たちの変化の先に震災はあるのかと思ったら、なんかすごい気が重くなってしまって、ちょっとそこら辺が整理できないと描けないので、保留になってしまいました。どうもすみません。ありがとうございます。

質問4:お二人の最近好きな芸能人とかいらっしゃいましたら教えて下さい。

吾妻:アル中は「酒をやめると心に空洞があくから、その穴を埋めるものを探して下さい」と医者に言われるんですね。その中には多部未華子さんとか、石原さとみ、篠崎愛とか。僕の漫画の基本童顔でという少女が好きですね。

萩尾:私、役者さんの名前を覚えるのがすごく苦手で、古い人が多いんですけど、木村拓哉とか。いつの人だと言いたくなると思うんですが。いつまでこの顔でいてくれるのかな?と思いながら、ちょっとスリルとサスペンスなんですが。女優さんで好きな人いろいろいるんですけど、どうも名前が覚えられなくて。最近ではアンジェリーナ・ジョリーが「マレフィセント」の予告をやっていて、このオバサン観たいかなと、「老け」の方に行ってます。

コミコン質問5:インクポット受賞のときにレイ・ブラッドベリとお会いになられましたよね。そのときの心境をお聞かせ下さい。

萩尾:ブラッドベリが70になったとか、80になったとかっていう話までは聞いていたんですが、その後あまり情報を入れてなかっもので、サンディエゴのSF大会に行ったとき「ブラッドベリが来てるよ」って聞いたとき「え?まだ生きてたの?」って。「日本から来てるって言ったら会ってくれますよ」っていうんで「お願いします」と言って、何も土産はなかったんですけど会いに行って、「I Love You」と言って帰ってきました。握手してもらって。

質問6:もし次に生まれ変わるとしたら、何に生まれ変わりたいですか?

吾妻:あまり生まれ変わりたくない。そっとしておいて欲しい。

萩尾:私はちょっとやりたい職業がいくつかあって、もし生まれ変わって、それが出来るのだったら、入れ歯を作る仕事。すごい変でしょう?虫歯があって治療に行ってるうちに、すごくうまい先生に会ったんですね。かみ合わせの話とか歯の話をいろいろ聞いて、歯の1本1本つくるのが芸術的な職人技で、実際に噛んでみて、はい違うねって、1ミリの10分の1くらいくらいの差で直してくれる。これはすごいなと思って、生まれ変わる未来には入れ歯作りの人がいるかどうかわからないけど、私にはきれいな入れ歯が作れるんじゃないかと思って。私もそういう仕事がしてみたいなと。でも自分が足を折っていたら、義足作りの人になりたいとか思うかもしれない。生まれ変わったら、また何かつくる職業につきたいです。



●最後に

司会:今日の対談を終えて、お二人から最後に一言ずつお願いします。

吾妻:長い間つきあっていただいてありがとうございます。今後も機会があれば漫画を描いていきたいので、読んでいただければ。ありがとうございました。

萩尾:吾妻さん、本当に今日はありがとうございました。こんなたくさんの本のファイルまで用意していただいて。時間があったらコピーしてみんなに配りたいくらい大傑作なんです。みなさんも、今日は暑いのに来ていただいて、どうもありがとうございます。楽しんでいただければいいんですけど。今日は本当にありがとうございました。

2014.07.11 18:05 | イベント

大修館書店のPR誌「辞書のほん」で萩尾先生が穂村弘さんと対談されています。

辞書のほん 142014年7月1日発行、大修館書店のPR誌「辞書のほん」第14号で萩尾先生が穂村弘さんと対談されています。

「11人いる!」に登場人物それぞれに続編があったけれど、王様とフォースの話だけで終わってしまった、というのはどこかでおっしゃっていましたね。今回フロルの続編の話が出ています。「もう描かないから」と内容を語られていますが、いやいや、是非描いて下さい。

穂村さんが昔のガールフレンドに「なんで現実の男の人はみんな、オスカー・ライザーみたいじゃないの?」って聞かれた話はおもしろいです。

余談ですが、記事中の「山岸凉子」が「山岸涼子」になってます。辞書・事典の専門出版社のPR誌でそれはいかがなものかと。

このPR誌を入手するには書店へ。配布店舗をご覧下さい。

辞書のほん 第14号(大修館書店)

2014.07.06 12:07 | インタビュー・対談