2018年4月29日

岩手県立博物館の特別講演会「ポーの一族の世界―漫画の魅力―」レポート

2018年4月22日、岩手県立博物館で萩尾望都先生の特別講演会「ポーの一族の世界―漫画の魅力―」が開かれました。当日私は行けなかったのですが、レポートや写真を送ってくださったファンの方がいらしたので掲載させていただきます(写真とレポートは別々の方です)。

この講演会は被災した陸前高田市立博物館のコレクションの中に漫画の雑誌があり、その時代に生きた人々にとって、 過去と未来をつなぐ重要な役割を果たした漫画の持つ魅力を、萩尾望都先生が「ポーの一族」を通して講演してもらうというものだそうです。


パーフェクトセレクション看板
Perfect Selection看板
特別展のリーフレット裏面
特別展のリーフレット裏面
講演開始前の会場スクリーン講演開始前の会場スクリーン

プロジェクターにうつされた絵について、内山博子女子美教授が質問して萩尾先生が答える形式。「県博日曜講座」の一環で、博物館長はじめ学芸員の方々も臨席しており、萩尾先生の作品に初めて触れる人がいることも考慮していた。講義の参加者は全国から集まっている。

陸前高田の被災した博物館では、ひとりの学芸員が漫画は将来、浮世絵のように価値あるものとして扱われるからと、雑誌の創刊号から多数収蔵していた。しかし被災し、その学芸員も亡くなり、収蔵品も多数流出したが、現在県博で修復作業を進めている。

修復が必要な収蔵品は数十万点で、まだ半数以上が残っている。萩尾先生は、前日に達増岩手県知事とともに修復工程の見学をされた。和紙に墨で書かれたものと違い、漫画雑誌のもろい紙質とインクは修復するのが非常に困難。それを試行錯誤しながら塩分を抜き、たんぱく質を抜き...という何工程にもわたる作業の様子をご覧になり、大変感銘を受けられたご様子。また先生は、初めてお知りになった達増知事の漫画好きな面にも触れられた。


展示されている予告カットの複製は16点。コミックス第1巻カバーにもなっているカラー、「メリーベルと銀のばら」連載開始の予告、「ポーの一族」最終回予告など。「返却希望」という先生の手書き文字も見えるが、当時はそうに書いてあっても行方不明になってしまうことがあった。当時、予告カットはすべてご自身で描かれていた。第1巻カバーにした絵は予告カットを描き直したものかもしれない。メリーベルを失敗したので切り貼りした。よく見ると塗りが違うのがわかる。
「ポーの一族」の最終回予告を描いた日付は1972.9.7。「メリーベルと銀のばら」連載開始予告を描いたのは1972.9.9で、随分近接なことに教授はじめ一同驚く。


○「ポーの一族」新作を描いたことについて
これまでにも新たな話は生まれてきていたが、昔とは絵が変わってしまっているので、今の絵で描くのは無理だと思っていた。しかし60歳を過ぎ、絵の違いを指摘されても「もう年だから許して」って言えると思い、描くことにした。
※「ポーの一族」の世界観を紹介するため、Mizuho Shoji氏作のチャートが紹介される。広く複雑な世界観に一同感嘆。

○「ポーの一族」を描かれた、そもそものきっかけは?
ファッションの学校で服飾史を勉強していて18~19世紀のマントをまとった人物を見た時、これは吸血鬼かも?とふと思った。怖いのは苦手だが、吸血鬼もので美しい作品を1本だけ知っていた。石森章太郎(当時)の「きりとばらとほしと」怖くない吸血鬼なら描けるんじゃないかと思った。

○名前の由来
エドガー・アラン・ポーが好きだったのでそこから。

モンスターとは、世の流れについていけない、除外された側の存在なのだと思った。自分も、除外された側にいた。
世の流れの中ではお邪魔だけど、でもいる。いさせてほしい。そんな存在について描きたかった。清く正しく美しく生きたいが、そうできない言い訳、コンプレックス。世の中にある強引さと正義、きれいごとのフレーズ。でも現実はそうじゃない。不条理や不信について考える。そうしていると話が降りてくる。ずーっと、世界の整合性を取り戻すために考えているのかもしれない。博物館に似ている。自分にとってもバランスのとれた物語を取り戻すため。物語がないとどこかへ行ってしまう。

○なぜ漫画なのか?
小説も漫画もたくさん読んでいたが、漫画から入ってくるものはリズムが違って音楽的だった。手塚治虫の「新選組」を読んだ後、その話の後のこととかをずっと考え続けていた。そのことしか考えられず、それを止めるために、自分が漫画家になるしかないと思った。それまでも、漫画は好きで描いてはいたが、「出会ってしまった」という感じ。

○登場人物の名前はどのようにつけられるのか
メリーベルは、かわいい感じの「メリー」に、美しい感じの「ベル」を足した。うまくいく時は、顔と名前とが同時に出てくる。キリヤとか。顔を描くと性格が決まる。話を作る中で性格が変わっていって、主人公の顔が変わることもある。

●「ポーの一族」
○1ページ目
霧の中のバラ → はっきり見えてくる → 人物が見える。読者が「誰?」と思う。幻想的に始まり、人物がアップになったら、わき役になったバラは黒く描かれる。目立つ必要がないから。線が多いと読者の目がとまる。あまりとどめてほしくない時は、あまり描かない。このページで、人物、名前、人物たちの関係を出している。(最初の人物の名前がエドガー。呼んだ人が母)

○2ページ目
1ページ目で名前の出たもう1人が登場。(メリーベル)ここを出て行くこと、2人が兄妹だということ、兄の癖がわかるセリフ。

○3ページ目
横長のコマが続く。村人、この先のこと、流れを表現している。横長のコマは、時間経過を読者が意識する。はみ出しは、少年漫画には少なく、少女漫画に多い。

○扉
主人公ふたり。遠くに行く馬車。霧。風。未知の世界へ。

○ホテルに登場のシーン
この人たち(主人公たち)が誰かを解き明かす。クリフォードをはじめに出しておき、メリーベルが倒れたところでクローズアップ。シーラのドレスは、1870年代から流行したバッスル・スタイル。服を考えるのは楽しかった。
エドガーと父との間の怒りがだんだん高まっていく様子を表す、怒りのスラッシュ。

○エドガーとアランとの出会いのシーン
アランの血をなめ、味見している。アランが馬のところへ行き、2人の間に距離ができる。アランが名乗るが、名乗るシーンというのは好き。


●「メリーベルと銀のばら」
○村で亡くなった女性の遺体に杭を打つのをエドガーが目撃して悲鳴を上げるシーン。
コマをまたいでのスラッシュ。邪魔にならず、効果的になるように。

連れてこられたシーラは詳細を知らない。男爵とずっと一緒にいられる方法としか知らない。

○儀式のシーン
皆の目がシーラの首に注がれ、吸うシーンは出していないが、"それ"を見たエドガーが音を立てる。という表現。

○キング・ポーがエドガーを仲間にするシーン
両手首をつかまえたキング。気を失うエドガー。円のかたちが続き、巻き込まれるイメージ。

○雑誌掲載時と単行本との違い
雑誌はページ数が決まっているので、それに収まるようにコマを削る。削った所は単行本で復活させる。当時は切り貼りをした。今ならパソコンを使うだろう。どこにどう復活させるかというのは、ネームが残っているからわかる。

例(雑誌のページと単行本のページを並べて比較)
ユーシスの死を、オズワルドが目撃してエドガーの故意と誤解するシーン。それをメリーベルに話すシーン。

●「小鳥の巣」
ヘルマン・ヘッセが好きで、ドイツを舞台に何か描きたかった。タイトルはすぐに出た。安全な巣の中に、ヒナを狙ってまがまがしいものがやってくるイメージ。

アランが手のかかる奴だということを表すために、靴ひもを直すシーンをさりげなく描いたら、思いがけずウケた。
宝塚版にはそのシーンがなく、残念がる感想が出ていた。エドガーの役者さんがご自分の靴ひもを直していらした。(これは笑いのエピソード紹介でした)

中州の学校が舞台。福岡や大阪には有名な中島、中州があるが、中州が好き。橋がないと行けず、事件が起きそうな感じがある。


○「ランプトンは語る」の二色刷りページ
カラー印刷は三色刷りだが、編集部にお金がない時には二色刷りになっていた。どの2色を選んでもよかった(黄色と青とを選ぶ人もいた)。カラーで色を決めるのが苦手なので、二色刷りは安心だった。まず、黒にする所と赤にする所とを決める。バランスを取りやすい。

○「小鳥の巣」の、エドガーが一人で布を開いて立っているような扉絵。
学校にまがまがしいものがきた、というイメージ。布のしわは使いでがある。人物の気持ちや、場面の雰囲気を出すのに使える。

○道具について
デビュー以来ずっと使っているベタ用の面相筆。面相筆は、先を少し焼いてから使う。丸ペン、Gペン。軸に滑り止めのテープ。開明墨液。墨は完全に乾くと溶けないので残るからいい、と初めの修復の話もひとこと。ミスノンW-20。早く乾く。太い線に使う。 細い線には別のホワイト。115~125のケント紙。昔はもっと薄いケント紙だったので、消しゴムをかけるとしわになった。

○「ランプトンは語る」のカラー扉
画用紙にサクラマット水彩、ホルベインを使用。ぼんやりした感じを出したかったので、鉛筆の線を残したまま彩色。通常、カラーには下絵1日、輪郭1日...とかかるが、これは全3日で描いた。輪郭と彩色に1日、仕上げに1日。

○スランプは?
スランプは、4年に一度くる。手塚治虫もそうだったと、高校生の時に聞いた。疲労がたまるとか、描いているものに飽きるとか、他が見つからないとか...。うまくいけば休みを3か月もらって旅行に行くとかする。駄目だと仕方なくほそぼそと描いている。でも、わりと休みをもらえる。充電ともいえる。
スランプになるとテンションが落ちる。マイナス思考になる。「だめだ~」となる。休むと、休んでいる状態に飽きて描きたくなる。休むと、同じものを見ても新鮮に見えて、頭もさえる。ストーリーがわく。

○今日持ってきた、記念撮影用の看板
「萩尾望都パーフェクト・セレクション」発売の時に編集部が作ったものを、もらって家で保管していた看板。バックの花は椿。大島椿は一重だが、一重の椿は世界的に見ると珍しい。だから外国の椿を描く時には八重で描く。外国を舞台に描く時は、そこの植生も調べて描く。パリにヤシの木が生えていたらおかしいでしょ?(笑)

○これからも「ポーの一族」を?
既出のストーリーの間を埋めるストーリーを、今後も描いていく。ただ、腱鞘炎で、1日2枚しか描けない。

●質問コーナー

○構図のとり方のアドバイス
映画が好きだが、好きなシーンや場面転換を覚えておいて使ってみる。小説を読んで、コマで描いたらどうなるか、頭の中でアタリをつける。オーソドックスな構図の漫画家>横山光輝、ちばてつや、わたなべまさこ。ていねいに人物、背景、場面の移動をちゃんと描いている。

○最近のおすすめの小説
「刑事ヴァランダー」シリーズ(スウェーデンの故ヘニング・マンケル著)。オススメの小説を聞かれたあときにお客さんが引いてしまうのでSFをあげるなと言われているが、ミエヴィルの作品。「都市と都市」「言語都市」など。

○アランのハチミツ好きという新たな設定にはどんな意味が?
彼らの食べた物はどこへ行くのだろう?とか、具体的なことを考えたりする。血の味を美味しいというからには味覚の嗜好があるのだろうと思い、味覚の嗜好を作った。


また、本講演については、こちらのブログが詳しいレポートをあげておられます。→『ポーの一族の世界 漫画の魅力』の講演会(あしたの糧)

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