2018年8月15日

高崎での萩尾望都先生と浦沢直樹先生の対談レポート

高崎市美術館2018年8月4日に高崎シティギャラリーで開催された「萩尾望都トークショー」のレポートです。ゲストは浦沢直樹先生。お二人はNHKの「漫勉」で対談されました。高崎駅から徒歩12分くらい。この日はお祭りで、出店の準備中の道を歩いて会場までいきました。
記憶に残っている萩尾先生の発言を中心に書いていきます。

日時:2018年8月4日(土)14:00~16:00
会場:高崎シティギャラリー コアホール(群馬県高崎市高松町35-1)


●プレゼント交換
まず、プレゼント交換。萩尾先生から浦沢先生へ「ポーの一族」のDVDが贈られます。浦沢先生、宝塚をご観になったことがないそうです。浦沢先生「ポーの一族」のDVD、観て下さったかなぁ?浦沢先生は萩尾先生へ「マノン」というご自身のセカンドアルバムのCDを贈られていました。

高崎市民ギャラリー●萩尾先生のSF原画展開催の経緯と感想
萩尾先生「写真スポットとかの仕掛けがしてあって驚いた。シルクスクリーン(私はタペストリーと呼んでます)がたくさんあり、自分の絵が拡大されていてちょっと恥ずかしかったけれど、きれいで見応えがあった。原画展とアミューズメントパークが一緒になっているようで、とても楽しい。」

●印刷考えてないで塗ってる原画
司会者から原画展の感想を聞かれた浦沢先生ですが、萩尾先生が印刷のこと気にしないで塗ってることを突っ込みます。浦沢先生は描いてもどうせ印刷には出ないからこの辺までと思って止めているけれど、萩尾先生の絵は明らかに印刷のこと考えてない。萩尾先生のよく使うグリーンがかった青、ああいうのは絶対出ないんだそうです。その青はルマカラーの青というかアクアマリンとのこと。確かに青は印刷に出ないので版下に青鉛筆で印刷所に指示を書いたりします。
また、萩尾先生の原画にはちょっと銀が入ってるところもあるけれど、あれも出ないと。普段印刷物として接している萩尾先生の絵は氷山の一角だったんだなということが今回の原画を見てわかった。でも、いつも色校のときとか文句言わないのか?と疑問を。

それに対して萩尾先生は基本出ないと思っているから印刷に文句を言ったりしない。その理由は、あるときマチスの画集を買って美術館で見た自分の好きな絵を見たら全然違う。美術画集でさえ出ないのだから、マンガでは無理だと思ったから。また、デビューの時から絵が下手だという自覚があって、頭の中で考えているものを画面にうまく描けないとずっと思っていた。もっと勉強しなきゃという気持ちがあって、下手に注文つけたら下手なくせに何を言ってると言われそうで。それもあってちょっと言えない、と。萩尾先生が下手だから文句言えないなんて、誰も文句言えなくなりますよね。

●電子配信について
萩尾先生は電子書籍を許可していますが、「暇とお金があれば紙で見て欲しい」そうです。「本は手にもって開く加減がある。めくるだろうというタイミングを考えてコマ割りをする。電子配信だとタブレットの種類によるけれど、見開きがいっぺん目に入ってくる。本だと見開いたこちらの端から目が追っていく。いきなり目が画面全体を見るというのは感覚が違うだろうと。ただ、全100巻の単行本なんて海外旅行にもっていけないし、海外に住む人が急に読みたいと思っても手に入るまで時間がかかる。電子配信だったら簡単に手に入る。どんなにコレクションを集めても図書室いっぱいにはならない。そこは便利だなと思う。タブレットは電源が必要なので、タブレットをもって行って電源(充電用のコード)を忘れたこともある。」両方の良いところをしっかりご理解されていて、作家としてはやはり「紙で読むリズム」を重視していると。これっておそらくやろうと思えばアプリで解決できるんですよね。

●絵の変遷について
浦沢先生はこの原画展を見ていると萩尾先生に絵の移り変わりがあることがわかる。少女マンガ系からリアルに移り変わっている。「A-A'」の頃は青年誌系というか、少女マンガを脱している絵だ。どういうモードでこの絵が移り変わっているのかなというのは興味がある、と。それに対し萩尾先生は「それは単に歳をとったから。少女感覚から自分が遠ざかっていくのがわかる。30前後くらいで一回切り返しがくる。」と。浦沢先生は「A-A'」が好きだそうです。


●手塚治虫「新選組」の衝撃
萩尾先生と言えば手塚治虫「新選組」。この話を浦沢先生がふりました。

「高校生の頃、少年マンガも少女マンガも手に入る限りのマンガを貸本屋さんなどで読んでいた。でも両方あれば少女誌の方から手にとってしまう。手塚先生の「新選組」が単行本になって書店に並んでいたので、いつか買って読みたいなと思ってお年玉をもらった高校2年のお正月に読んだ。主人公は丘十郎という名前で親の敵を討つために強くなろうと新選組に入って、新選組の思想に染まりながら強くなっていく。丘十郎には大作という親友ができるが、彼が敵方のスパイだった。丘十郎は彼をスパイとして告発して切らなければならないと追い詰められていく。そのときの心境に何故かものすごくシンクロしてしまった。丘十郎は大作を切りに行くとき、二言しか言ってない「大作、許してくれ」。でも私がそのシーンを思い出す時、山のようにセリフが出てくる。でもそんなこと全然書いてなくて2行だけだった。

「新選組」は手塚先生の作品の中では特に有名でも特に名作という作品ではない。多分その当時の私の心境に何故かぴったりフィットしてしまった。一気に引きずられてしまって、それまで遊びでマンガを描いていたりしていたけど、ちゃんとプロになってこの「新選組」で受けた衝撃を誰かに返したいと思った。人間の心理がここまで深く描けるんだなと。深い心理を2行で描く手塚先生はすごい。

手塚先生は葛藤を描くのが得意。全体のテーマになっているところがある。「鉄腕アトム」は人間とロボットの間に立ち、どちらからも引っ張られてる。時代劇なら幕末明治維新で二つの時代に挟まれて死んでいく者と生き残る者がいる葛藤を描く。勧善懲悪ではなく、わかりやすく少ない言葉で葛藤を描いている。世の中には二つでは割りきれない、曖昧なものがあるということがわかっていらしたのかなと思う。」

●萩尾先生の絵の描写について
浦沢先生によると、年々萩尾先生の絵が鬼気迫る感じになっている。それは目の下の線のせいかもしれない。目の上のまつげは少女マンガはきれいに描くのだけど、三日ぐらい寝てないんじゃないかというような、目の下になんとも言えない焦燥感というか泣きはらしたような線がある、と。「自分の絵でもそれを最近使うようになった。あの目の下の描き方は萩尾節なんじゃないかと思う。」

萩尾先生も「昔は下の線をあまり描かず上だけだったけれど、下のラインを入れてみると、表情に味が出てくる。」と同意。
「だんだん歳をとると握力が弱くなってくる。そうなると昔は簡単に引けた線が、ある時あっちに行ったりこっちに行ったり、さまよい始める。一発で引けたのが4回くらい引かないとならない。これは筋力のせいなんだけれど、頭の問題でもある。「はい、まっすぐの線を引く」とか頭に言い聞かせながら引いている。若い頃、指の関節に脳があるんじゃないかというくらい、考えなくても引けた時期がある。ところが歳をとってくると、やっぱり関節の脳が干上がってくる、動かなくなってくる。頭の方をの脳に頼るようになってくると、距離があるのでなかなか思うような線が引けない。今はそれで四苦八苦している。」

●萩尾先生と浦沢先生の出会い
浦沢先生がが一番最初に萩尾先生をお見かけしたのが、手塚先生をお見かけした小学館のパーティで、同じ時だったそうです。デビュー1年目でまだまったく無名の新人だった浦沢先生が編集者と一緒にパーティー会場の中に入ったら、手塚先生がすっと近づいてきた。浦沢先生の担当編集者は有名な長崎尚志さんでしたが、長崎さんは直前まで手塚先生の担当だったため、彼の姿を見るや「すぐ帰るから」と言って逃げた。長崎さんはもう担当じゃないのに。本当は手塚先生にご挨拶したかったのに、逃げてしまったから挨拶できなかった。そして生の手塚先生を見たのはそれ1回こっきり。

そこにはキラ星のごとくマンガ家の先生がいらしてクラクラしてしまったので外れたところの椅子に座っていたら、向こうの方から萩尾先生が黒いマントみたいなものを着て、ふわーっと風を起こしながら自分の目の前を通り過ぎていった。その後、ファンの一団が「モー様、モー様、モー様」といいながらついていってて。すごいなマンガ界ってと思った。自分にとってマンガ界のきらびやかな感じってイコール萩尾望都先生。すごいカッコイイものを見てしまったなと。(浦沢先生、それファンじゃなくて、若い女性漫画家たちだと私は思います。いや、ファンで間違いはないのですが)。


●「漫勉」の話
漫勉DVD浦沢先生「「漫勉」に登場した萩尾先生の仕事場の様子にショックを受けた視聴者がいる。萩尾先生の作風からすると、もっときれいなお城みたいなところでロココな感じで仕事されてるのかと思ってたようだ」と。萩尾先生は「片付けてあんな感じ。今はもっと凄いことになっている。どんどん山積みになっていて下の方が取れない。どうしてこうなっちゃったんだろうと思いながら、また前に積むという状態。」

●「百億の昼と千億の夜」のネーム
萩尾先生「この展示をするにあたって、河出書房新社の編集者・穴沢さんががうちからいろいろな原稿をもっていった。自分でも忘れているようなものを発掘してくれて、「百億の昼と千億の夜」のネームが見つかった。見つかるまでそれがあることを忘れていた、あれはちょっとおもしろかった。

『少年チャンピオン』の連載だったが、最初から完成したら単行本にすることが決まっていて、描く前からページ数が決まっていた。光瀬先生のSFの原作を400枚に収めましょうと連載前に全部ネームを起こした。収まるかなと思って小さめに描き始めたら、そのままネームになった。お話の醍醐味はもっと波瀾万丈な小説の方を読んで味わって欲しい。

いろいろな仏像がでてくるので、取材のために奈良と京都をぐるっと回ってきた。今はケースに入れられている興福寺の阿修羅像がまだ何もなくぽんとおかれていたので、ぐるっと一周して見ることが出来た。きれいだなと。楽しかった。

〔原画展で展示されている阿修羅王の墨画の話〕画板にどんなふうに墨がのるか確かめたくて、実験で描いた(遊びでと言いかけて言い直されました笑)。大きな絵が描きたくなる。大きな画面で絵を描くときのおもしろさというのは、画板が大きくなると全身で描くところ。上から見たり下から見たりする。」

●「A-A'」
「「A-A'」は最初ネームに手こずった。ストーリーは出来ていたけど、どういうエピソードの順番で描こうかとなかなか決まらなくて。普段はネームが出来て絵に入るが、絵に入ってから細々とネームを直しながら描いた作品。絵を描き出してから、表情を見て、この人こんなこと考えていたのかとわかるときがある。そういうときはしまったと思う。

●宇宙空間について
スター・レッド萩尾先生「どうしたら宇宙空間を描けるかなと考えた。夜の暗い空にベタを塗ってホワイトを飛ばせば宇宙空間になるはずなのだけど、単にそれを描いてもただの虫食いやテーブルにキノコが散った後のようになってしまう。奥行きとか、奥行きの向こうは何万光年ある、とかいうのをちょっと出さないといけないので、ないはずの風を流してみたり、グラデーション流してみたり。そうしたら最近宇宙空間のことがわかってきた。ダークマターとかいろいろ。だから電波の数字がここに現れていることにしようと思って描いている。

宇宙理論的なことはとても難しいのですぐ忘れてしまい、単にイメージになってしまう。ビッグバンの話だって何とか理解したくて結構本を読んだけれど、理解できない。何にもないところから、なんでうまれるの?とか。」

●レイ・ブラッドベリ
お二人ともレイ・ブラッドベリはお好きなようです。
浦沢先生「レイ・ブラッドベリは宇宙を扱った小説でありながら、すごく文学的。最初の1~2ページ続く空間描写があるけれど、あの感じの積み上げで文学性がある。地球上のことのようにSFを書く。そういうところに萩尾さんと共通性がある。ブラッドベリの感じを損なうことなくマンガ化されている。」

萩尾先生は「ブラッドベリは本当に好き。二十歳ちょっと前ぐらいに本屋さんで偶然見つけた。「10月はたそがれの国」「ウは宇宙船のウ」と2冊出ていたので、その日は1冊だけ買った。一晩で読んでしまったので、翌朝すぐに残りの1冊を買いに行きました。どっぷりブラッドベリにひたってしまう。文脈が美しい。

ブラッドベリは子供の話が多い。少年が大人になる話や少年がどこかに行く話。大人の人も微妙に少年時代を引きずっているような不思議なところがあったりする。子供が周辺の世界に対してもっている不安や謎を一人のキャラクターに集約していく。よくできた優等生みたいな子がみんな不安がっている。そこが好き。

ブラッドベリの小説でリリックな作品の他に、怖いものがあったりする。カタコンペの中に入っちゃう話とか(「10月はたそがれの国」から「次の番」)、お祭りのドクロに追っかけられる話とか。読んだときはものすごく怖くて、ちょっとついて行けなかった。考えてみたらこの両方があるからバランスが取れているのかなと思った。」

●「MONSTER」
萩尾先生「「MONSTER」のヨハンが気になって。あんな人いちゃいけないんだけど、不思議な人。」

浦沢先生「一番最初にドクター・テンマと出会ったときにヨハンが人を撃つシーンがある。衝撃的に描けたと思ったけれど、ずっとこんなことやっていたら、読者に愛情をもって接してもらえる人にならない気がして。そこで彼は人を操る男にしようと思った。マインドコントロールして、コントロールされた人が操る。自分で実力を行使して人を殺めたのはあの最初の1回だけなんです。あとは全部人にやらせてる。

「A-A'」のアディはヨハンに近い。一角獣種は感情がないのですが、あの感じはちょっとヨハンです。最後にアディが感情のない状態ですっと涙が出る。ああいうのに自分は弱い。」

萩尾先生「発達障害とかまだ知られていない頃だけど、私も結構何考えているかわからないとか、いろいろ言われて。「あんた平気なんでしょ?」と言われて「いや結構傷ついてるんだけど」と。それで平気なんだけど、傷ついてる子を描こうと思った。のが「A-A'」。」


●「スター・レッド」
浦沢先生が「スター・レッド」はウルトラマンとは関係ないのかと質問されます。

萩尾先生は写し出されたスター・レッドのセイの画像を見ながら、「言われてみれば赤と白で同じ。ウルトラマンはほとんど見たことないが、テレビのコマーシャルに時々出てくるのでウルトラマンというものがあるということは知っている。あのシャープなデザインはいいと思う。何か影響は出てるのかもしれませんが、あまり関係はない」と。

浦沢先生はその赤白の話から、マンガは白黒なんだけども、萩尾先生はいつもカラーで考えているような気がする、と。

萩尾先生は同意して、「部分部分はそういうイメージはある。結局活版で描くから線で描いてきれいに見えるように描いている。でも「ポーの一族」などはイメージが先行する作品だから、色つけるとしたらこんな感じかなというのは最初はあった。ネームの段階からもう総天然色。ぼけているようなブルーをどのくらいの粉のペンで動かしていくとか、そんなふうに考えながら描いている」と。

●コマの使い方・画面構成
ママレードちゃん司会の飯田耕一郎先生がマンガの専門学校の先生なので、画面構成の講義に入ります。
「萩尾先生の「ママレードちゃん」の最初のページ。コマの流れがすごくよく出来ている。最初にドンとぶつかる。次にオレンジが散って、それが転がっていくという流れになる。普通ならぶつかってコマが展開するときに横長にオレンジが転がるというように描くが、萩尾先生は突然縦長のコマでどんとスピード感を出して下まで流れるように描く。そこからヒーロー役のジェフが出てきて、後ろのヒロインの顔が出てくるという画面構成。ぶつかる→オレンジが飛び散るコマはまわりをベタにして、1回コマを止める。そこからオレンジが縦長のコマで流れるのはインパクトがある。コマのセリフの流れでキャラクターが登場し、最初のページで主なキャラクターを紹介している。

ママレードちゃん2次のページ。女の子の方が彼に気圧されているので立ち位置が男の子の方が上に型抜きでおいてある。その次のコマで女の子が箱を受け取った瞬間に「さぁいくよ」と有無を言わさず車が走っていくという展開に流れていく。この斜めのコマ割がすごい。一番下のコマはもう着いてしまっているのでちょっと停める。動きのないように中心にキャラクターをおく。また次のコマに展開する...というようにどんどんスピードよく見せている。縦コマや横コマ、大きさの違い等、コマの表現で見せている。吹き出しの位置もうまく配置されているのでテンポがよい。」

萩尾先生「こういった画面の動きというのは、どちらかというと音楽的なものではないかと思う。「恐怖の報酬」の映画を観ていたような動く画面のリズム感が身体の中に入っていて、ここで右見て左見てと考えて配置しているというより、ダンスのコレグラフのようにクルッと回る感じで描いている。

「ママレードちゃん」の3コマ目と4コマを縦長にしたのは、目線が上から下にいくと落下する感じが出る。キャラクターたちが上にいて目線でオレンジを追いかけていくと、読者も落ちる感じがある。」

浦沢先生「萩尾先生は横長のコマが多い。あれを積み重ねていく横長効果っていうのはどういうものなのか?」

萩尾先生「横長効果は同じキャラクターを二つ出すと、例えば手前からこちら側に迫ってくる感じ、逆だったら、こちらにいたのが遠ざかる感じ。距離感がすごく出しやすい。相手がいる場合には、それをちょっとよけると、今度は二人の立ち位置がわかりやすくなる。そのリズムがおもしろくてよく使っている。」

●「銀の三角」
銀の三角萩尾先生「これは殺した男の中に過去のイメージがすべて取り込まれてしまう。イメージの方がここに一点集中するのが嬉しくてしょうがない。だからみんな踊りながら入り込んでいる。これからみんなその中に入ると蚊取り線香のように渦を巻きながら入って行くというイメージを出すためにこんな感じにした。」

浦沢先生「締切が近づいても描きたい絵があったときどうしますか?」

萩尾先生「大変な絵はなるべく先に描く。いっぺんにあがらないのなら何日か分けて少しずつ描きます。この頃は1日4~5枚描けたけど、今は1日2枚。」

●手塚治虫先生の思い出
萩尾先生「手塚先生は呼吸したらどんどん話がつくれたのではないか。脳のサイクルと呼吸のサイクルが一緒になっていたのではないかというくらいだった。一度どこかのパーティで一緒になったときに「萩尾さん、どんどん描きなさいよ。」と言われて「ありがとうございます。でも私、話をつくるのになかなか時間がかかるので。」と言ったら「どうして?」と。手塚先生からしたら、お話はつくるものではなくて「ふぅ~」と息を吐いたらできていくものだったのでしょう。」

●原作つきの作品について
原作つきの作品について、萩尾先生はなるべく原作に近づけて描くそうです。「原作は自分にない発想をしていたり、自分が憧れている世界だったりするから。ジャン・コクトーの「恐るべき子どもたち」は文章の世界を絵に映し出したらどんなふうになるかなと。「恐るべき子どもたち」を描く前は少女マンガのキャラクターを描いていたけど、この作品はそのキャラクターでは無理だなと思って、「アメリカン・グラフィティ・イラスト集」みたいな本を買ってきて見ていた。大人の女性が描いてあったので、ボン・キュッ・ボンという身体のバランスを見たりして、頭身を変えたりしてやってみた。」とのこと。確かに、「恐るべき子どもたち」で一度一気に劇画調というか線が太くなりますね。その前はブラッドベリの連載をしていました。

「ブラッドベリの場合はブラッドベリの世界観が好きだったから、風や星を絵に表現するという方向でやってみた。光瀬龍先生の「百億の昼と千億の夜」は光瀬先生が「好きに描いていいですから」とおっしゃったのですが、画面にして見やすいもの、きれいなものから当たっていって、難しく説明されているところはマンガで描いても誰も読まないと思って省略する、そんな感じで描いていた。」

「子供の頃、マンガをマネして描いていた頃は、キャラクターが描けなくて、いろいろな人の作品のキャラクターをマネして自分でお話をつくっていた。おじいさんってどうやって描くのだろう?と思ったら、水野英子さんのマンガのおじいさんを見て、それを模写して描いていた。ちょっとカッコいいおじさまが出てくるとなったら、わたなべまさこさんのマンガを見ておじさまを描いていた。もうちょっとサラリーマン風なら横山光輝先生の「おてんば天使」のお父さんのキャラクターをもってきたりとか。自分が描くので似ても似つかないが、マンガ家の描く作品の中にすべてのキャラクターはいると思っていた。」

●再び「漫勉」の話
漫勉DVD浦沢先生が再び「漫勉」について語り始めます。「「漫勉」は自分が全部の企画を立て、画面構成も考えた。メイン画面には描いてる絵をずっと出しておく。マンガ家の対談や話の中で説明しなければならない脚注的なところは小さい画面でいい。メインは白い紙から完成するまでをなるべくノーカットで映し出す。しかも音を入れること。マンガ家の横にカメラマンが立つことを禁止し、高性能の4Kリモートコントロールカメラ5~6台を設置する。そこから送られてくる映像をスタッフが別の部屋で見る。これはマンガ家さんが撮られていることを意識しないようにというためのもの。

それで撮られた映像を自分が見て、編集してもらったものを対談の時に見る。対談には脚本も進行表も何もない。何故かというと、自分がマンガに関するテレビを見ていた時に思っていたことなのだけど、マンガについてわかってもらおうとゼロから話を始めると1にも満たないうちに30分や1時間の番組は終わってしまう。だから5か6くらいから話を始めたい。プロ同士の会話だから、そこから始められる。見ている人がわからないことがあったら画面で説明すればいい。

だから脚本も進行表も何もない。自分がタクシーから現場に降りたら、いきなりマイクをつけられてスタート、というだけの番組。えらいたいへんだった。マンガ家というのはミーアキャットみたいなもの。穴を掘って中にひそんでいて、時々ぴょっと出てくる。その生態を「ディスカバリーチャンネル」でやっているように、穴にカメラをしかけて夜まで待つ、みたいな感じで撮影して欲しいとテレビ局のスタッフに言った。」


萩尾先生、ご自宅の撮影体験を語ります。「うちにも撮影隊がきて、遠隔操作のカメラを机の前において、仕事部屋からコードを引っぱっていって、スタッフの人たちは奥の方の部屋にいて、10時間ぐらいずっと見ている。とてもたいへんそう。他の人のを見るのはとてもおもしろかった。さいとうたかを先生が直描き(じかがが)かと驚いた。あんなにたくさん作家さんの手元を見たのは始めて。」

萩尾先生のペンの持ち方については番組内で触れていました。実際にどうもっているか見せて下さるのですが、残念ながら私にはよくわかりませんでした。マンガ家の先生は普通はペンだこが出来るけど、萩尾先生の持ち方だとペンだこができないそうです。ペン先の押さえ方が違うようですね。萩尾先生はペン先の方を持ってるようです。でもペン先から指を離した方がペンの速度が出るそうです。青池先生に聞いてみたら、小指にかかるとのことで、いろんな持ち方があるんですね。


●最後に「萩尾望都SF原画展」の見どころ
萩尾先生が最後にこの原画展の見どころを語ってくれました。「古い時代から「バルバラ異界」くらいまでずらっと揃っているので、時代ごとに線もキャラクターも変わっていくので、人間ってこんなふうに変化していくんだなというのを見てもらえたらおもしろいと思う。その中で多分この時代は特に好きとかこの時代はちょっとイマイチとかいろいろあると思うけど、人間の一生を通じて上がったり下がったりする作家の年代記みたいなものを感じながら見ると、それはそれでおもしろいのではないかと思う。」

浦沢先生「SFに縛られない、本当の萩尾望都展」が見たい。「ポーの一族」の全ページ展示とか見たい。」

萩尾先生「小学館の担当にそういう希望があると伝えておきます。」



いい締めでしたね。全時代を網羅した萩尾先生の原画展は40周年のときにやっているので、来年50周年の記念にやってくれないかなぁ>小学館。

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